2006年9月 6日 (水)

今を生きるという事

 

皆様こんばんは、店長です。

随分ご無沙汰で申し訳ありませんでした。

ホームページのリニューアルもほぼ完成し、

後は互換性の最終チェックになり余裕が出来たので

投稿しています。

 

いやーーーー、それにしてもホームページを

自分で作るって言う事がこんなにも

大変だったのかと痛感させられました。

これまでは、デザイナーさんに頼んでいたのですが

どうしても料理に素人のデザイナーさんには

意図が伝わりにくく、更新するときに

ものすごく大変だったので

自分で作ってみる事にしました。

 

1月半かかってやっとココまで辿り着きましたが

さてさて、皆様にはどう映るのやら・・・・

 

さて、先日とある雑誌を読んでいたら

こんな事が書いてありました。

齢80になられる女性の

料理研究家の方の話です。

  

世界中を飛び回り、世界の中の日本

また日本と言う国を客観的に見て

これからの日本の在りようを強く感じた

彼女はこんな言葉を残していた。

 

「日本は戦争に負けた。

 昔の日本の女性は強かったから、

 家や男性を支え、つまりは国を守っていた。

 だから、他国は”家”を狙って攻撃したんだね。

 女性を外に出すために。

 そして今の日本は、子育てや食事と言う

 大切な事を大切にしなくなっている。

 戦争に負けたと思い知らされるのは、まさに今なの。」

 

考えもしなかった視点での

物の見かたもさることながら

背筋がぞっとするような話である。

 

伝えなければならない何かがある。

他の誰でもない

自分にしかできない事・・・

 

人はそれを使命と呼ぶ。

80歳の料理研究家の彼女が伝えたいことは

何か・・・・・

そして、我々が伝えなければならないものとは・・・・

 

私たちは、私たちにしか出来ない方法で

このサイトを見る多くの人に

伝えなければならない何かがある。

そして、それが我々に与えられた使命だと思っています。

 

 

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2006年8月10日 (木)

アニキと兄貴

皆さんこんばんは、石原です。

 

ご無沙汰で申し訳ありません

御中元シーズンでバタバタしています。

 

今日はせっかくですので、僕の修行時代に付いて

皆さんにお話していきたいと思います。

 

あれは

 

そう

 

10年以上昔の話でした・・・・・・・・・・

 

 

初めてお客さんに、自分が作った料理を出した時の事でした。

その日はとても忙しく、店長と兄貴(料理の世界での先輩の事)

だけでは手が足りず、とうとう厨房デビューをすることに・・・・

 

店長「おい、トマトスライス作ってみろ。」

僕  「はい!!」

   (よっしゃー、やってやるぞ!!と意気込む僕)

 

勢い良く冷蔵庫を開き、野菜室を見渡すこと3秒。

その日届いたばかりの

キンキンに冷えた美味そうなトマトを発見。

 

「さあて、俺様のすばらしい腕前で客を虜にしてやろう」

 

と思い、研ぎあげられた包丁を手に取り、気合を入れて

切ろうとしたその時、イキナリ隣から怒鳴り声が・・・

 

店長「おい!まずは兄貴のトマトから使え!!」

俺  「はい!」 

 

(え?兄貴のトマト?兄貴のトマトって何だろう・・・・

 と思いましたが、舞い上がった僕は、

 兄貴のトマトと言うのを先輩が既に準備している

 トマトだと勘違いして、分けがわからないまま、

 言われたとおりに、兄さんのところに行きお願いすることに。

 

俺  「兄さん。トマトお願いします。」

兄貴 「あ?俺は今、手が離せないから自分で取れ。

    冷蔵庫に入ってるだろうが!!」

俺  「え?冷蔵庫に入ってる、普通のトマトですか?」

兄貴 「当たり前だろうが、他にトマトなんか無いだろうが」

  「あ、そうでね。はい、分かりました」

 

なんだ、ヤッパリこのトマトで間違いないんだと思い、

再度トマトをを切ろうとするとまたもや、怒鳴り声が

 

店長「おい、何やってんだ!!兄貴のトマトを使えって

   言っただろうが」

僕 「・・・・・はい。」

  (チョットイラつく僕)

 

どうしようもないなと思いながら、もう一度、兄貴のところへ

 

俺 「兄さん、トマト何処にありますか?

   もう一度お願いします。」

兄貴「あ?お前なめてんのか?自分で取れって言った

   じゃねえか。それぐらい出来るだろうが!!」

俺 「・・・・・すいません兄さん。店長が兄さんのトマトを

   使えって言われたので、兄さんのトマトが欲しいの

   ですが、どれが兄さんのトマトですか?」

兄貴 「は?何言ってんだお前。俺のトマトなんか無えよ。」

  「え?でも、アニキのトマトを使えって・・・・・」

兄貴 「アホかお前。兄貴じゃなくて、アニキだよ。」

俺  「・・・・と言いますと」

兄貴  「アニキって言うのは古いって意味だ!」

 

もう、ここまで読んだ方はお分かりでしょう。

僕は古いと言う意味のアニキと、兄さんの兄貴を混同して

いたのです。今でこそ笑い話ですが、カウンター商売では、

お客さんを目の前に、さすがに古いネタとは言えないので

「古い」と言う代わりに、「アニキ」と言う言葉を使うのです。

 

 

兄貴と弟

 

 

兄貴のほうが美味しそうに聞こえるからと言う理由らしい

のですが、当時の僕には知る由も有りませんでした。

専門用語・・・・・難しいものですね。

 

あ、それと

ちなみに、僕の初仕事を、

嫌な思い出にさせてくれた店長とは

ここの、宗右衛門の店長の事です 

 

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・・・・・・・では・・・・・・・

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2006年7月25日 (火)

土用の丑の日

みなさんこんばんは宗右衛門です。

九州地方は、記録的な大雨ですが

佐賀県は比較的軽症ですんでいます。

 

ただ、野菜の値段、特に緑の葉物野菜は

これから間違い無く高騰すると思います。

さて、今日は土用の丑の日も迎えたことですので

それにちなんだお話をしてみることにします・・・・・

 

 

 

魅力ある料理とは一体何をさすのでしょうか?

 

一番大事なのは何と言っても

 

      

 

どんなに安かろうと高かろうと

味が悪ければ話になりませんので

当然ですね。

 

次に            見た目

そして           雰囲気

更に           サーヴィス

意外な盲点が       匂い

 

 

大きく分けるとこれくらいでしょうか?

 

さて、今日はこの意外な盲点である

匂いについてちょっとした小噺でも

してみたいと思います。

 

 

昔あるところに

うなぎやさんがおりました。

季節は夏の真っ盛り。

脂の載ったウナギを

ジュウジュウ言わせながら

こんがりふっくら焼き上げます。

 

もうもうと煙を立ち上らせ

ぱたぱたとうちわで扇ぎ、

いいにおいをさせてます。

 

ある日そんなウナギやさんに

一人の奇妙な男が現れました

 

自称、大のうなぎ好き

 

しかしお金の無かった彼は

どうしてもウナギが食べたいと

お店の外に一人立ち

暫く辺りを眺めていました。

 

仕方なくあきらめたのか

その男はいつの間にかいなくなっていましたが

 

次の日

 

手に、大盛りに盛られた白ご飯を持って

再び現れると

うなぎのにおいでご飯を食べ始めました。

 

うなぎやは最初こそ

笑って見ておりましたが

その彼は次の日もやってきました。

 

次の日も

そのまた次の日も

 

ウナギやさんも

連日来られたらたまりません。

そこで彼にこう言いました。

 

「こう毎日来られたんじゃ商売上がったりだ!!」

「気持ちは分かるが、食べてえんなら金持ってきな!!」

 

そして翌日

再び現れた男は

性懲りも無く

うなぎの匂いでご飯を食べ始めます。

 

堪忍袋の緒が切れた店主は

鬼の形相でその男に近づきました。

 

そして、店主が男の目の前に来た瞬間

その男は

おもむろに

右手を差し出します。

手には、金の入った袋を持っていました。

「話が分かるじゃねえか」

と言った店主を尻目に

 

その男は

目の前でじゃらじゃらと

音だけきかせたそうな・・・・・・・・・・・・

 

まあ、なんとも小気味の良い話ですが

旨いオチが付いたところでおしまいです。

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2006年7月 1日 (土)

古竹さんの「ふるたけ牛」との出会い

 

皆さんこんばんは

お久しぶりの店長です^^

雨が多い今年の梅雨ですがいかがお過ごしでしょうか?

 

今日は古竹さんとの出会いについて・・・・

と言うリクエストでしたので

石原君に代わって私が担当します。

 

そう。

思えば私が古竹さんと出会ったときも雨が降っていました。

 

遡ること昨年の11月。

本来の目的は、伊万里牛探しではなく

伊万里焼の窯元を尋ねて

いろんな器を勉強しに行こうと言う目的でした。

 

同じ佐賀県に住むとはいえ、慣れない土地ゆえ

地図を片手に小雨の振る中

一路、伊万里に向かって車を走らせます。

 

焼物のギャラリーは市内にもあったのですが

窯元さんは土が取れる山のほうに

工房を持っている方もいるらしく、

道なき道を 勘と型式遅れのナビを頼りに

彷徨います。

 

明らかに道に迷い、雨ゆえに

視界も悪く、自分達がどこにいるのか分からなく

なって引き返そうとしたそのとき

ある言葉が僕らの目に飛び込んできました。

 

木と木の間に弾幕(のれん?)みたいなものが

張られていて、そこには(正確には思い出せませんが)

こう書いてありました

 

平成17年度 

 全国肉用牛枝肉共励会最優秀賞のふるたけ牛

 

と。

最初は、良くある宣伝文句みたいなもので

お菓子で言えば、モンドセレクション 金賞受賞みたいな

物だと思っていましたが、始めてみる言葉だったので

ちょうど近くを歩いてらっしゃった農作業中の

オジさんに声をかけます。

 

分かったことは

昨年の全国一のチャンピオン牛を育てた人の

牧場がすぐソバにあるということでした。

 

これを聞いた僕らは、道に迷ったことも

器を見に来たことも忘れ

とにかくそこに行ってみたくなりました。

 

近くにいらっしゃるということで

アポも取らず、はやる気持ちを抑え

早速向かいます。

 

家に行ったけれど不在だったらしく

今度は牛小屋を見に行きます。(勿論アポ無しです・・・)

 

すると、そこに一人の男性が・・・・

年のころで言えば40代。

年で人を判断するわけではありませんが

まさか、その方が古竹さんだとは気づかずに

勝手に牛小屋に来た僕らが発した第一声は

 

「あ、おじさん。すいませんけど。古竹さんは

 いらっしゃいますか?」

 

「は?オイが古竹ばってんが、どちらさんですか?」

 

「あ・・・・・あ・・・・・すいません・・・・・・・・・」

コントではありませんが、これが始めての出会いでした。

 

その日は雨だったせいか

そんなに忙しくも無かったらしく

ウチに案内していただき、話をはじめます。

 

特別、古竹さんの牛を宗右衛門で使いたいとか

そういうものが目的ではなく

一人の料理人として、一人の生産者と話しをしました。

 

そこでいろいろなことを教わりました。

土作り

牛一頭一頭にもクセや特徴があること。

食べさせるものの気遣い。

 

そして、牛のことが気になって

この20年間。旅行にすら行っていないということ・・・・・

 

ああ、この人は一流の、本物の職人なんだと感じました。 

 

私が定める一流かどうかの定義は簡単で、

自己満足で働いているか

己の使命感で働いているかの違いです。

前者は技量やお金を求め、後者は突き動かされるある種の

衝動や内から湧き上がる情熱で動きます。

そこに、技術やお金は存在しません。

だって、技術やお金は他人が他人と比べる価値感だから・・・・ 

 

話がそれましたが

その実直さ、ひたむきさ、男としての内に秘めた熱さ。

話を聞いている私たちも熱くなってしまいます。

そして、僕らの話を少しだけしました。

 

最後に、

「偶然ってあるものですね。」

と言う話をして、帰ることになりました。

 

自分ではそんなに時間がたった気がしませんでしたが

3時間くらい話していたみたいで

予定を変更して

窯元めぐりは、また今度・・・・・

 

「いやーー、それにしても良い出会いだったなあ」

 

そんなことを思いながら帰路に着きました。

後日、改めて電話をして、先日の感謝を伝え

みんなにも肉を食べさせたいから

今度送ってくださいね。と言う話をしました。

 

これが、私たちと古竹さんとの出会いでした。

まさか、これが縁で一緒に仕事をするなどと言うことも

考えていませんでしたし、

正直、どっちの料理ショーから取材の依頼が来るなどとは

全く予想もしていませんでした。

 

しかし、今回のテレビ出演で

一人でも多くの人に「古竹さん」と「ふるたけ牛」の素晴らしさを

皆さんに知っていただき、

また、古竹さんだけでなく

日本全国の職人さんたちの励みになっていただけたのは

何よりのことでした。

 

名前が売れるというのは

良い面もあれば悪い面もあります。

良い面は前述したとおりですが

悪い面は、環境が変わってしまうことです。

 

放映後、多くの視聴者様から私共のサイトだけでなく

古竹さんの自宅にも様々な電話が掛かる事でしょう。

あんまり電話が掛かってきて、仕事にならないと言うことに

ならなければ良いけれど・・・・

だれかが、古竹さんの名前を騙って、いんちきな商売を

しなければいいけど・・・・・

 

そんな不安もよぎります。

ですから、もし、今日このサイトをご覧になられた方。

古竹さんは、テレビに取り上げられても

あくまで一人の、実直な生産者であることを

どうか御理解下さい。

 

そして、もし、古竹さんの「ふるたけ牛」に

出会う機会があったなら、

そのときは、古竹さんの笑顔を調味料に

美味しいひとときをお過ごしくださいませ。

 

 

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2006年6月13日 (火)

失うことの大きさ・・・・

みなさんこんばんは。

今日は早速ですが

こんな記事を見つけたので読んでみてください。

 

 (以下本文転載)

 

70-80年代にかけて活躍した

南アフリカ出身のサーフィン界のスーパースター、

ショーン・トムソン(55歳)。

彼は15才になる息子マシューを

不慮の事故で失った。

ショーンは世界に向けて彼の手紙と写真を配った。

下記はそれを翻訳したものである。

ここに彼等に哀悼の意を表し、

慎んでマシュー君のご冥福をお祈りします。

 

 

私たちの愛する15才の息子

マシュー・トムソンは、ダーバン(南アフリカ)で

2006年4月24日月曜日の夕方に

男子生徒のいたずらで尊い命を失った。

 

翌日予定していた

初めてのラグビーに興奮して電話で話していた彼。

そして、どれだけ私たち両親のことを

愛していてくれているかを話してくれた彼の話が、

南アフリカと

仕事でカリフォルニアのサンタバーバラにいた私と

電話で交わした最後の語だった。

 

 ~ 中略 ~

 

下の作文は彼が最後の月曜日に書いたもの。

妻と私は、彼の残した美しいことばを

世界中にいる我々の友人と共有したい。

 

 

「おとなになること」      マシュー・トムソン

 

ディープ・インサイド・バレル 。

完全に僕自身と調和して、それ以外は何もない。

風が強く吹いて、スピッツが僕の後ろをたたいている。

僕の手は壁を撫でるように引きずっている。

前方には光が差している。

僕の長い髪は風になびいて、

足はサーフボードのパーフェクトな場所にあった。

 

前屈みになるにつれて、

バレルは閉じはじめて来たけど、

どんどんスピードアップしている感じだった。

足の限界までうずくまり、

そして、それから僕は歓声が上がるラインナップへ

プルアウトした。

体は幸せと喜びでゾクゾクして、

やっとリスペクトとされた気分だった。

 

僕は、再び自分のボードでパドルアウト。

右を向くと友達のケオニが見えた。

彼等は自分の方へパドルして来る。

僕の喜びに溢れた気分は彼等が来るや否や消えてしまった。

僕は口を閉じて本当にビビっていた。

彼は僕の前で止まって、僕に手を上げた。

 

ハッと思って身をかわした。

ぶたれたかと思ったけどそうではなかったんだ。

 

目をゆっくりと開いて手を出すと彼が堅く手を握った。

それはリスペクトのサインだった。

僕は彼の目をじっと見つめ、僕らは一言もしゃべらずに

一緒にポイントまでパドルして行った。

 

その瞬間は、

どんな言葉でも説明出来ないほどパワフルだった。

 

それからシーズンの終わりまで、

僕は自分が乗りたいと思うより

多くの波に乗ることを許されたんだ。

僕はこれまで「仲間」になることを想像すらできなかった。

でも僕は友達になった。

そして永遠に。

それが僕が大人になった日なんだ。       

 

 

 (終わり)

>>>>>>>>>>>>>>>>>>> 

 

この作文を分かりやすくいえば、

15歳の彼がチューブを決めた時の話である。

 

チューブとはサーフィンをするものなら

誰もがあこがれる

波が崩れるときに巻いて出来た空間を

すり抜けていくことである。

 

そのチューブの中にいた自分が

感じたことや、それを成功したとき

彼は祝福されるより

一人の男として認められることになった。

と言う話を語ったものである。

 

専門用語を説明するよりも

絵で説明すると、下の写真と同じ事を

彼は成功したのである。

  

Hd171 Hd172

 

 

Hd173Hd174

Hd175Hd176 Hd177

 

 

 

 

 

 

失って初めて分かることがあるという。

 

それは私達の生活の

身近なところに存在している。

 

自然環境にしても然り

恋人にしても然り

夫婦にしても然り・・・・・・ 

 

それが

取り返すことの出来る物ならば

失った原因が自分にも有るのならば

 

悔いは残るが

理不尽さは感じない。

 

人はそれを

失敗は成功のもと   と呼ぶ。

 

しかし

それが理不尽極まりない

理由であれば

その存在がなくなったことに対する

喪失感は計り知れないものがある。

 

15歳の息子を失った父親が

冒頭で語った文章と

 

若干15歳でチューブを決めて

これから、やっと一人の大人として

人生をスタートしようとした彼の死。

 

今日だけは

彼に敬意を表して終わりにしたいと思います。

 

今日のブログを

理不尽な死によって

悲しむ、全ての人に捧げます・・・・

 

料理と関係ない文章でしたが

ここを訪れる多くの人に少しでも知って欲しい

事をお話させていただきました。

 Shaun_mathew

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 http://www.surfmedia-tk.co.jp/g060515.html

 

 

 

 

 

 

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2006年6月 8日 (木)

せっかくなので・・・

今日は雨・雨・雨ですね。

 

とうとう梅雨入りしたみたいで、

これから毎日うっとおしい雨が続くのかと思えば

チョット気が滅入ってしまいます。

 

ところで先日の内容は牛についての内容でしたが

ほとんどの方のコメントは

僕の意に反して

カエルについてのコメントでした。

 

と言うことなので

今日は皆さん大好きなカエルについて

お話したいと思います。

 

普通の話では面白くも無いので

今日は

『甘く見ちゃいけないぜ!!』

と言うカエルについてお話しましょう。

 

蛙には毒を持ったものがいます。

日本ではヒキガエルが有名ですね。

 

皮膚から分泌される、白い液体が毒なのですが、

実は時代劇によく登場するガマの油売り。

このガマ油はヒキガエルのことです。

耳から採集される分泌液には、

強心興奮作用があり、その他には

ひび、あかぎれ、外傷などの治療に使用され、

江戸時代から明治時代にかけて売られていました。

 

まあ、薬に代用できるくらいですから

そんなに対して強い毒ではないということです。

 

では皆さん、

ヤドクカエルと言うカエルをご存知でしょうか?

 

南米コロンビア原産のこのカエル。

日本名でヤドクカエルと言うのを漢字で書けば

矢毒カエル。

 

そう、聡明な貴女はすぐに分かったでしょうが

矢の先にこのカエルの持つ毒を塗って

武器にしていたそうなのですが、

詳しく調べてみると

このヤドクカエルのもつ毒の名前は

 

バトラコトキシン

 

いわゆるフグなんかと同じで

神経毒に属する物なのですが、

実は、たった1gで約10万人の成人男性を

殺傷する能力を持っています。 

 

そのほかにも南米だけでなく

世界各地に相当強い殺傷能力を

持つ猛毒カエルが数多く存在しますので

皆さんもお出かけの際にはご注意下さい。

 

しかし、世界的な話で言えば

今、世界中の蛙が急激に減っています。

特に1970年代中~80年代初が顕著でした。

 

やはり、原因は地球環境の悪化です。

酸性雨、オゾン層の破壊、生態系の破壊、

飼育用に輸入されることによる乱獲、

環境ホルモンの可能性も大です。

 

カエルは人間とは違い皮膚を通じて呼吸と

水分補給をしていますから、

他の生物に比べ

大気中の化学物質を体内に取り込みやすいのです。

また、変態と呼ばれる劇的な形態変化をします。

 

勿論、本物の変態のことです。

環境や気候にあわせて色を変えるカメレオンのごとく

カエルもまた変異します。

 

この時作用するのがホルモンですから、

環境中の化学物質が環境ホルモンとして

作用する可能性は大きいのです。

日本でも多くの異変蛙が報告されています。

 

 

本当は楽しい話をするつもりでしたが

何故、いつもいつも行き着く先が

環境破壊による生態系の変化に

行き着くのでしょう・・・・

 

僕達は人間です。

アニメの世界ではないので

カエルや植物とは会話をすることも

出来ません。

 

しかし、知れば知るほど

恐怖を感じてしまうのは僕だけでしょうか?

 

僕達の知らないところでおきている

地球の変化にもっと耳を傾ける事が

一人ひとりに求められているのかもしれません。

 

料理の世界にはこんな言葉があります。

 

無知は恥である・・・・・・・

 

もう一度考えてみる

必要があるのかもしれません

井の中の蛙 大海を知らず

と、ならない様に。

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2006年5月30日 (火)

絶滅したもの・・・・・

今から約7500万円前

 

地球に巨大隕石が衝突し、

恐竜が絶滅したといわれています。

 

さて、この話

本当でしょうか?

 

実は、これは本当なのです。

  

最近の科学の発達は目覚ましいものが

あると言うのはどこかで聞いた様な話ですが

現在の科学技術を持ってすれば

隕石の落ちた場所、大きさ、規模まで

全て分かるそうです。

 

気になるその破壊力は

 

7600年前に衝突した隕石は

直径が10Km程度。

重量は2兆5000億トン

そしてその威力は

長崎型原子爆弾に換算して50億個分!!!

 

これだけでも甚大な破壊力であることは

容易に想像が付きますが

あまりに桁外れの破壊力過ぎて

いまいちピンと来ません。

 

これが最も分かりやすいのでは無いでしょうか?

 

クレーターの

直径は170Km以上、

発生した津波の高さは1Km以上!!

 

こんなものが大陸に直撃すれば

たまったものでは有りません。

だって、世界最高のエベレスト山ですら

すっぽり飲み込んでしまうのです。

 

どこに逃げても間違いなく

吹き飛ばされます。

 

ウィークエンドサーファーの店長に聞いてみたら

 

「1キロの波?そんなの死ぬよ。

 だってハワイのパイプラインっていう

 世界最大の波ですら6mから8mくらいだよ。

 それでも毎年プロのサーファーが

 死んでるんだ。

 そんなモン。飲み込まれたら

 コインランドリーの大型洗濯機の中に

 てんとう虫入れてるようなもんだよ。」

 

との事。

 

まあ、分かるような分からないような

説明でしたが、とにかくとてつもない

威力だと言うことは十分に分かりました。

 

しかし

 

しかしです。

 

この時の生命の絶滅は

過去の絶滅に比べて

そんなに大きなものではなかったのだそうです。

 

これまで地球上では

6回、大規模な生命の絶滅が起きています。

 

過去最大とされる5億4000万年前

     その次が4億3900万年前

          3億6700万年前

          2億5100万年前

          2億 800万年前

そして、恐竜が絶滅したとされる6500万年前。

 

過去の5回の生命の絶滅の理由は

まだ分かっていない部分も多いのですが

この、隕石の衝突は通称「衝突の冬」と呼ばれ

そんなに長い期間は続かないそうです。

 

隕石の衝突よりも衝撃が大きいものは

「ブルームの冬」と呼ばれる、超大陸の分裂に

よるものです。

古代大陸パンゲアが大陸移動によって

分裂したことは中学校の地理で習いましたが

この大陸移動は1000万年以上もの間

太陽光を遮る要素となって、甚大なる被害を

与えたそうです。

 

この、大陸移動がおきたのは2億5000万年前

 

上の表をごらん頂きたいのですが、

当てはまるところがありますね・・・・・

 

しかし、最近発表の科学誌ネイチャーによると

2億5000万年前の生物の絶滅は

隕石の衝突とされていました。

 

どちらが正しいのか分かりませんが

外的要素(隕石)よりも、内的要素(大陸分裂)

のほうが被害が大きいというのは意外でした。

 

体の傷は治っても

心の傷は治りにくい・・・・・

 

人間の体も

地球も同じように出来ているのかもしれません。

 

環境汚染が叫ばれている現代、

たまにはこんな話もいいのではないでしょうか

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次回も今回に引き続き

チョット地球について勉強してみたいと思います。

 

 

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2006年5月26日 (金)

北の零年

 

先日、遅ればせながら

北の零年という3時間弱の映画をビデオで見た。

 

まだ見ていない方のために

内容は割愛するが、

大まかな流れを話すと

時は明治3年。

廃藩置県が行われる直前に

現在の淡路島より

北海道移住を命ぜられた人たちの

北海道開拓の物語である。

 

未開の北海道で

環境、風土、全てが全く違うところで

一から町づくり、

いや

生きるための場所を作り始める人々。

 

勿論、家を建てる木材を自分達で調達し

稲を植える田畑を開墾するところから始まる。

 

何年しても稲が根付かず苦労する人々。

そして、そんな苦労をあざ笑うかのように

やっとの思いで根付いた稲を

イナゴに食い荒らされてしまうという

場面があった。

 

わがサイトでも

度々登場する農薬問題。

農薬の長所、短所・・・・・

それを皆さんに問いかける内容で話した。

 

そして、また考えた。

 

僕達が当時に生きる人間なら

農薬を使って食べ物が取れるのなら

迷わず農薬を使っていたのではないだろうか?

 

生きるため、

そして

もうこれ以上餓死していく

子供達を見たくないという

切なる思いで作られた農薬。

 

今でこそ、忌み嫌われる対象だが

当時の人にしてみたら

画期的な発明だったはず。

 

以前、こんな話を聞いたことがある。

 

ノーベル賞の生みの親

アルフレッドノーベルが

ダイナマイトを発明したおかげで

トンネル工事や開発に役立った。

 

けれど、

そのダイナマイトを爆弾にした人たちが

戦争で多くの人を殺した・・・・・・・・・・・

 

 

アインシュタインの頭脳を活かし

莫大なエネルギーと人類の進歩に役立った

核エネルギー

 

しかし、そのおかげで

原爆により多くの人が亡くなった。

 

これからも新たなものが発明され

そして、問題となって

きえてゆくであろう

 

そして、その時代に生きる人々は

悩み、苦しみ

解決策を見出していくのだろうか・・・・ 

 

これは、人生にもいえること

 

傷つき

痛みを知り

そして初めて学ぶ。

 

当たり前のことを

ありがたいと感じる・・・・

 

人間は一本の葦にすぎない。

自然のなかで最も弱々しい物である。

しかし彼は考える葦である。

彼を押しつぶすのに、宇宙は武装などする必要もない。

ひと吹きの風、ひとしずくの水で十分である。

しかし、たとえ宇宙が人間を押しつぶそうとしても、

彼はその押しつぶそうとする宇宙よりも尊い存在であろう。

なぜならば、

彼は自分自身が死ぬこと

そして宇宙が人間のうえに優越することを知っているが、

宇宙はそれについて何も知らないからだ。

 

それゆえ、人間の尊厳は

すべて考えることの中に存在する。

 

我々が自己を高めねばならないのは

そこにもとづいてであって、

決して埋めることができない時間や空間にではない。

 

だから我々は深く考えるよう努力しよう。

 

人生は常に1歩進んでは

1歩戻っているのかもしれない。

 

しかし、進もうとする努力

ふと立ち止まり、戻る勇気をもった人たちと

ブログを通して知り合うことが出来た。

 

僕はそんな人たちを見ると

たとえ一歩進んで一歩戻ろうとも

また、それが本人には気づいていなくとも

前に進んでいると

伝えてあげたい。

 

優しさの価値。

それは、事実と反するものなのかもしれない。

 

しかし、感謝の心を忘れないように

日々を過ごしたい。

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2006年5月24日 (水)

かるくヤバイ?  かなりヤバイ・・・・・

 

世の中には様々な恋愛感があります。

 

愛が憎しみに変わる恋愛も有れば

波乱万丈を繰り返しながらも

ハッピーエンドに終わる恋愛もあります。

 

その中でも

最も腹立たしいのが

電車でいちゃつくバカップル!!(汚い言葉ですいません)

 

その次に腹立たしいのが

映画のような美しすぎる恋愛。

 

何故あんなにも美しいのでしょうか?

単なるひがみに過ぎませんが

羨ましくなってしまします。

 

私は考えました。

 

そして、ある結論に達しました。

 

皆さんこんばんは

今日は、いつもとは内容を変えて

恋愛とは何か!!について語りたいと思います。

 

本来ならば今日は幕末期から現代に見る

食の事情などについて

語ってみようかと考えていました。

 

しかし、そんな私をあざ笑うかのような

出来事が起きてしまったのです。

先日、とあるサイトを見つけました。

 

恋愛頭脳というサイトです。

 http://hanihoh.com/love/

 

このサイト、恋愛の価値観を図ってくれるサイトで

いくつかの質問に答えるだけで

その人の恋愛感を分析してくれるというのです。

 

早速やってみました・・・・・ 

 

結果は

 総合判断  論外

 恋愛感レベル  危険(14段階中13番)

 

【恋愛観支持率】 0
【恋愛スタイル】 短期低テンション恋愛型
【印象】

頼り甲斐がないと思われています
敷居が高くてアプローチしづらそうなイメージがあります
どことなくギラついてて怖いイメージがあります
誠実そうなイメージがあります
価値観が子供っぽいという印象があります

 

 

「はい?????」

 

 

論外・・・・・しかも、危険・・・・・・・ 

 

この結果を出した人は

一体、何の恨みがあって

私の恋愛感を

論外、しかも危険などと判断するのでしょうか?

 

しばし呆然とする私に

追い討ちをするかのように

コメントとして、こう書いてありました。

 

 

恋愛観は、完全崩壊しています。

あまりに恋愛観がかけ離れているので、

喜怒哀楽を共有できませんし理解もされません。

もし、現在彼氏彼女がいるとすれば、

相手を黙らせるだけの魅力を備えていなければ

長くは続かないことでしょう。

 

相性のいい人も数が限られており、

付き合いが少なければ

この恋愛観はますます独走します。

柔軟な姿勢で広い価値観を求めましょう

 

 

ということだそうです。

 

あ、そういうことか。

つまり、理解してくれる相手さえいれば

問題ないということですね。

そもそも恋愛なんか

当人同士が良ければ、

誰がなんと言おうと良い訳で・・・・・・・ 

 

などと都合がいいように解釈をして

自分を正当化しようとしていましたが、

あまりに一方的な答えにむなしさを感じた私は

せめてもの望みを託し

早速、ウチの奥さんとの相性を見るべく

最後の賭けに出ました。

 

結果は

ジャンル 相性
人生における恋愛

男性の気合が空回りし、女性に

とって重く感じられます

社会における恋愛 ×

女性は大人ですが、男性からは

壁があるように感じられます

自己犠牲の精神 ×

男性が女性に見返りのない

愛を注ぎ、いずれ朽ち果てます

ルックス 問題なし
財力 問題なし
安定と刺激 問題なし
駆け引き 問題なし
許容と束縛 ×

男性が縛るからこそ女性が

自由を求める悪循環になります

将来への意識 問題なし

性レベルはです( 相性 73 % )

 

 つまり、気合いを入れすぎて

見返りの無い愛を注ぎ込んだ挙句

 いずれ朽ち果てる・・・・・・・

 

      しかし

将来は、問題なし!!!!!

 

もう、私は満足です。

誰に何を言われようと

結果よければ全てよし!!

 

恋愛感を話すなどと、大それた事を

言っていましたが、

私にはそんな資格はありません。

 

今日はそれに気づけただけで

満足です。では、皆さんもお試しあれ・・・・・・・

  

今日は石原君口調で店長川﨑が

お送りしましたがいかがだったでしょうか?

 

あ、それと

 

♪♪ あみだくじ あみだくじ ♪♪ 

♪♪ 引いて楽しいあみだくじー ♪♪

 

っていう歌は、サザンオールスターズの

桑田佳祐さんが作ったということを

知ってましたか?

「へぇ~~」と思った方は

いつものあれをお願いします 

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2006年5月18日 (木)

さよなら・・・のあとに

 

ゴールデンウィークが明けて

東京での仕事も落ち着いた?

というより、わざわざ広報活動で東京に

居る必要が無いと分かったので

今月いっぱいで

九州の本店に戻ることになりました。

 

と言うことで、

また、住むところを探すべく

先週、ゴールデンウィークの代休を兼ねて

久々に実家に帰りましが  

運が悪いことに、帰った日に限って

雨・・・・・

 

毎年決まってこの時期に

墓参りに行く僕にとっては

嫌がらせとしか思えません。

 

どうしてもその日しか時間が無かったので

掃除道具と一緒に

一応、線香も持って行きましたが、

 

マッチを持っていくのを忘れていました・・・・・・・

 

「はぁ」と呟き、トボトボと帰りましたよ・・・・・・。

 

家に着き、地元の新聞を読んでいると、

ちょうどその日は母の日で、

こんな記事がありました。

 

(以下、新聞より抜粋)

 

映画評論家の淀川長治さん(九八年死去)、

作家の永六輔さん(73)

イラストレーターの和田誠さん(70)

歌手のさだまさしさん・・・。

何のつながりかといえば、四人とも誕生日が同じである。

 

ある年の誕生日、永さんらは最年長の淀川さんを

食事に招待しようとした。

さぞや楽しい懇談になるはずだったが、

淀川さんが断ったために実現しなかったという。

 

その理由がなかなか味わい深い

「私は母と一緒に過ごします。

誕生日というのは、自分が祝ったり

祝われたりする日ではありません。

お母さんに感謝する日です。

母と食事するなり、いなければお墓に行くなり、

母を考えて過ごす日です」。

 

それ以来、ほかの三人も

淀川さんの言葉に従っているという・・・・・・

 

「誰が産んでやったと思っているの」

「産んでくれと頼んだ覚えはない」。

口には出さずとも、

誰もがそんなぶつかり合いを経験してきたのではないか。

 

年を重ねるにつれ、母への感謝は深まり、

素直に表せるようにもなってくるが、

淀川さんのように過ごしてきた人はまれだろう

 

きょうは「母の日」。

百貨店やスーパーは母の日商戦で盛り上がっている。

いかにもイベント化した状況には背を向けたくもなるが、

誕生日の埋め合わせをするにはいい機会である。

プレゼントはともかく、「母を考えて過ごす日」にしたい

 

 

そして、最後にこう綴ってあった。

 

 

永さんは両親を亡くした時の思い出をこう書いている。

「同じ悲しみなのに、父のときは無性に淋しく、

母のときは無性に虚しかった。

淋しいのは耐えられるが、

虚しいのは耐えられなかった」。。。。。と。。。。。。

 

 

先日の記事で

記憶というのは曖昧だからこそ

美しいと言う話をしました。

 

僕の中にある母の記憶と

淀川さんたちの過ごした母との記念日。

 

どちらが美しい記憶かといわれれば

やはり、それはどちらとも美しいと

考えてしまいます。

 

そして、どちらが羨ましいかと聞かれても

答えは同じです。

 

母と共に過ごして学んだ淀川さん

母が居なくなって母の偉大さを知った僕。

 

答えは、母は偉大なものであるということ。

何を教わったかといえば

言葉には表しにくいけど

その存在の大きさと温かさで

無言のうちに

僕を導いてくれた母の偉大さと

 

淀川さんの様に

共に過ごすことで知った

母の偉大さ。

 

すこし遅れてしまいましたが

生んでくれた母に感謝を

そして、その感謝の気持ちを教えてくれた

淀川さんに敬意を表して

今日は終わりにしたいと思います。

 

それでは皆さん

さよなら

さよなら

  

さよなら

 

あ、そういえば最近ブログの更新を

二日に1回に減らしたら、ブログランキングの

順位がガタ落ちしてしまいましたので

ついでにランキングのジャンルを

順位争いが激しいところに変えました。

 

順位は下がっても

アクセス数が増えているのが

何よりの励みです

 

最近は広報の仕事より、

梱包の仕事を手伝うのが忙しく、ついつい・・・・・・

こんなつまらない駄洒落を言う

気力しか残っていない僕を

皆さんよろしくお願いします

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2006年5月16日 (火)

最高の接客。。。その答え

 

懐かしい記憶には色があります。

 

良い思い出は明るい色

懐かしい思い出はセピア色

悲しい思い出は鉛色・・・・・・ 

 

人間の脳というのは上手く出来ているもので、

そのときの匂い、空気の色、

果てはそのときの感情まで

見事に蘇らせてくれます。

 

しかし、意外なことに

見たもの、食べたもの、感じたもの・・・

場合場合によって多少の違いはありますが

雰囲気で覚えていることがほとんどで

細部までリアルに覚えている人はいないと思います。

 

以前

「人は必要の無い記憶から忘れていくものだ」

という話を聞きました。

 

それがどんなに嬉しかろうと、悲しかろうと

今の自分を形成したものの記憶はいつまでも忘れず

不要な記憶から忘れていく・・・・・・と。

 

雰囲気で覚えていることが

幸せか不幸か・・・・・

答えはそれぞれ違うでしょうが

記憶というものは

曖昧であるからこそ

美しいのではないかと、僕は思っています。

 

さて、先日の話の続きです。

 

最高の接客とは何か?

という話でした。

 

僕が考える最高の接客

そして

他人を思いやるとはどういうことか?

 

これに対する答えは

 

「お客様の声に出されない願望を

         如何に満たしてやるか」

 

これに尽きると思います。

 

つまりこういうことです

 

例えば、あるお客様が来店されたとしましょう。

その方は女性で着物を着ておられます。

 

席に案内し

着席

少し待ってから

オーダーを取りに行きます。

まずはドリンクから、

注文は赤ワイン。

 

さあ、あなたが接客マンならどうしますか?

ちなみにお店はファミレスです。

 

最高の接客とは何か?

そこに、一流ホテルもファミレスも関係ありません。

サーヴィスマンとお客様。

その関係だけはどこも同じです。

 

さあ、どうでしょう。

その女性のお客様のために

何かしてあげられることありますか?

 

考えてみてください・・・・・・・・

 

 

 

答えは以外に簡単です。

着物が汚れないように

ワインと一緒に

ナプキンかひざ掛けを持っていってあげることです。

 

単純なことです。

言われれば、「あ、そうか」と納得してしまいます。

 

特別な配慮ではありませんし、

よほどの準備が必要でもありません。

 

しかし、お客様が

差し出されてハッと気づく気遣いや心遣いを、

お客様に言われる前に、

声に出される前に

応えてあげる。

 

これに勝る接客を僕は見たことがありません。

 

あるホテルのドアマンに至っては

常に1000円を10枚1束にして

それを10セット、内ポケットに入れて置くそうです。

 

なぜか?

 

タクシーでワンメーターの距離にある

ホテルにご来店されるお客様が

一万円札しか持たないことを想定して

両替できるようにしておくそうです。

 

タクシーの運転手さんも、

ワンメーターを大きなお金で払われるのは

気持ちのいいものではありません。

その運転手さんが嫌な思いをしないように

そして、運転手さんが不機嫌になると

お客様も気持ちの良いものではありません。

 

その、ほんの少しでも

嫌な思いをさせないように・・・・・・

自分のホテルに来店していただいたときには

良い思い出だけを残していただけるように・・・・

それを考えて、準備しておくのだそうです。

 

これは凄い事だと思います。

これこそが接客。

プロの仕事では無いでしょうか

 

たかがドアマン・・・・・・されどドアマンです。

 

僕もいつか、こんなドアマンのような

接客が出来るくらいの

サーヴィスマンになりたいと思っています 。

 

最後に、こんな話を・・・・・・・

  

場所は波打ち際、

月に照らされた明かりの下を

二人のカップルが歩いています。

 

少し肌寒くなってきたのか

隣の女性が肩をすぼめます。

すると、隣にいた男性が女性に

コートをかけてあげる・・・・・・

  

ドラマのワンシーンのような

ちょっとキザだけど

一度はやってみたいシーンです。

  

しかし僕には無理です。

 

なぜならこう考えてしまうから。

  

「寒そうなときに

そんなところを歩かせるな!!」と・・・・・

 

気遣いは確かに大切です。

しかし、気遣いが行き過ぎると

せっかく訪れる

チャンスすら逃してしまうようです。

 

結局、オチがついてしまうのね。。。。。。。。。。。。

 

ロマンチックさとは縁が無い

こんな僕に、いつものワンクリック

お願いします。

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2006年5月14日 (日)

最高の接客とは?

 

飲食店のみならず

サービス業に従事する人にとって

接客というのは、とても大事な仕事です。 

 

よく、料理と接客、どっちが大事だと思う?

 

という質問を受けますが、

正直なところ半々だと思います。

 

僕が考える料理と接客に関する認識は

 

まず、料理はおいしくて当然。接客においても、

お客様に不愉快な思いをさせないのは当たり前。

これは最低限クリアするべきところだと思っています。

 

だって、そうでしょう。

お金払って、時間を使って

良い思い出を作るためにお店に行くのです。

そして、そこには

良い料理と良い接客をするためのプロがいて

店と自分の存在を賭けて

お客様と対峙するのです。

 

美味しくないはずがありません

そして

良い気持ちにならないはずが無いのです。

 

しかしながら、最近そうでない店が

異常に多い気がするのは

僕だけでは無い気がします・・・・・

 

だからこそ、考えます。 

  

最高の料理、そして最高の接客とは何か?

 

 

世の中には色々な美味しいものがたくさんあります。

和食に限らず、フレンチやイタリアン、

SweetsにWine等など、

各分野に

それはそれは、美味しいものがたくさんあります。

 

そして、全ての料理に共通して言える

最高の料理とは何か?

 

一言で言えば

 

その料理が、どれだけ記憶に残っているのか

 

これに尽きると思います。

 

わが宗右衛門のテーマは

 

 生涯の記憶に残る美味しい食事。

 

これは、本当に良い料理というのは

舌ではなく、記憶に残るもの

だと言う経験から学んだものです。

 

どこそこで食べた、あの料理。

あの時食べた、あれ!!

 

全て、味ではなく体が覚えているものです。

 

そのために必要なものは何か?

 

それは、お客様が経験したことの無い

味に出会うことだと思います。

 

例えば、僕達が扱っている伊万里牛。

日本全国、牛を食べたことが無い人はいないでしょう。

牛と言えばどんな味がするか分かっています。

 

だからこそ、その基礎知識がある中で

経験したこと無い味を

味わっていただくには

並大抵の事では表現できません。

 

まったく口にしたこと無い料理ならまだ分かりますが、

ましてや、素材の力だけで勝負するとなれば

小細工なども全く通用しません。

  

しかし、

その状況下で

本当に経験したこと無い味に出会えたなら・・・・

 

一体どれだけの喜びを味わうことが出来るでしょうか。

 

だからこそ僕達が考える最高の料理とは

どれだけ記憶に残る料理なのか?

だと考えています。

 

さてさて、身内自慢はこのくらいで・・・

 

では、今日の本題 

最高の接客とは、何でしょうか?

 

接客は、料理と違って形が無いものです。

物で勝負する料理と違い

接客は人で勝負をします。

 

これは、料理よりも難しいことでは無いでしょうか?

 

最高の接客・・・

 

皆さん考えてみてください。

これは何も、接客業に限ったことではありません。

 

普段の生活で言えば、

相手を思いやるとはどういうことか?ということです。

恋人や夫婦の関係、医療業務に携わる人、

スポーツ選手。

全ての人に当てはまることだと思います。

  

次回、この問いに関する僕の考えを

述べたいと思います。

その前に、皆さんが考える

最高の接客、最高の思いやりとか何か?

これを考えてみて頂けたら幸いです。

 

勿論、僕の考えが全てではありません。

僕より、もっと素晴らしい意見があると思います。

 

もし、僕はこう思う!!私はこう思う!!

という意見などありましたら

それを、ここを読む皆さんにも見ていただけるように

コメント欄に書いて頂けたら嬉しいです。

 

では、考える前に・・・

いつものヤツをお願いします。

一日一回、ワンクリック^^

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おかげ様で料理ブログの16位まで上がりました。

一人でも多くの皆さんに読んでいただき

そして、一人でも多くの人が

食べることは楽しいことだと

言える様に・・・・感謝感謝!!

 

 

 

  

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2006年5月11日 (木)

”もったいない”を大事にしよう

 

ゴールデンウィークが終わり

わが宗右衛門も

いつも通りの営業に戻りました。 

 

新入社員のみならず

大半の人が実家に帰っていた様で

全国各地のお土産自慢が始まります。

 

もともと九州出身者が多いのですが

福岡の 明太子

鹿児島の 薩摩蒸気屋 かすたどん

佐賀の 佐賀錦に始まり

 

北は北海道の 白い恋人

  新潟名物の 笹団子

  茨城県の  にんにくせんべい  等など

 

それこそ全国各地のみやげもの物産展が

開けそうな勢いです。

 

僕はゴールデンウィークも

東京に残り

店長と電話応対やブログの更新等を

していましたので

みんなのお土産を独り占め。

勢いよくビリビリと包装紙を破いていきます。

 

そんな様子を眺めていた店長が

そんな僕達にこんな話を始めました。

 

「昔、実家でお土産を貰うと必ず

 婆ちゃんや母ちゃんが丁寧に包装を解き、

 折り畳んでいた姿を思い出すよ。

 

 20年以上も前の出来事だけど、

 まだまだバブルすら始まってなかったからなあ。

 ウチに限らず、他所の家でもそうだった。

 当時の人たちからすれば、

 包装紙の綺麗な包み紙でさえ

 捨てることに抵抗があったみたいだね。

 

 まあ、田舎だったから単に

 記念に取っといただけなのかも知れないし

 いまは、そんなのもやって無いんだろうなあ。」

 

そういわれれば、

ウチの母ちゃんもそんなことを

やってた思い出があります。

 

包装紙ではありませんでしたが

和菓子の包んであった和紙を綺麗にたたんで

 

「これで、今度お兄ちゃんにあげる

 お菓子を包んであげるね。」

 

と言われたことを思い出しました。

 

近くの駄菓子屋のお菓子が

チョットおしゃれなお菓子に大変身。

とても喜んだ記憶があります。 

 

「いつか使える」

そういいながら

包装紙も空箱も捨て切れず、棚の中へしまい込む。

 

豊かになった今では

その「いつか」すらほとんど機会が無く

タンスならぬ棚の肥やしにしかなっていなかったけど

それでも捨てるのをためらう母ちゃんたち。

  

そういえば

母ちゃんがいつも持ってたバックは

「寿屋」の布製の買い物バックだった。

おしゃれでもなんでもなかったけど

母ちゃんがいつも持っていた思い出のバック。

 

お金はあるにこしたことはないが、

幸せの尺度はほかにもある。

紙一枚を大切にする心を捨て去っては、

本当の幸せや豊かさは

遠のいてしまう気がするのは僕だけでしょうか?

 

幸せは感じるもの

物は手に入れるもの

 

そう考える僕はきっと

お金持ちには成れないんでしょうね。

 

そんな僕と心を共に

ぼろは着てても心は錦

を目指す人は

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そういえば、後ひと月でワールドカップ

日本は一次予選通過できるのでしょうか?

個人的には、ロナウジーニョのトリックプレーが見たい。

でも、日本には頑張って欲しい。 

頑張れ日本。 

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2006年5月 5日 (金)

友との約束

鬼塚喜八郎さんと言う人をご存知ですか?

 

現在87歳の喜八郎さんは

今では少なくなった

戦争体験者の一人。 

 

出身は鳥取県で

旧姓は坂口だったのですが

終戦後のある出来事をきっかけに、

神戸に移り住み

姓を鬼塚に改めることになります。

 

 

終戦当時、坂口喜八郎だった彼は

復員して間もない昭和二十一年の正月、

島根県の実家で一通の手紙を受け取ります。

 

差出人は神戸の老夫婦。

 

勿論、喜八郎さんには心当たりがありました。

この老夫婦、実は戦死した戦友

鬼塚君の両親だったからです。

 

喜八郎さんは異国の戦地で

親友の鬼塚君と約束を交わしていました。

 

「もし、お前がここで死んで、

俺が生きて帰ることになったら

お前の両親の面倒を必ずみてやる」、と・・・

 

つまり、喜八郎さんに届いた手紙とは

鬼塚君の両親からの

”お願い”と言うべきものだったのです。

 

終戦まだ間もなく、その傷跡も深いころ。

どうやって生きていけばいいのか、

誰もが途方に暮れていたとき。

 

実の家族の

明日の食べ物すらなかった時代に

戦友の親を養うという馬鹿げた話。

 

 「そんなこと、できるはずがない」

 と親兄弟は猛反対。

 

しかし、喜八郎さんは

 「約束は守らないといけない」

と鳥取から神戸へ。

 

そして、自分の決心を鈍らせないために

鬼塚夫妻の養子となり

鬼塚喜八郎となりました。

 

 

鬼塚の家もけっして裕福な家ではありません。

借家暮らしの平凡な庶民の家です。

そして、年老いた両親は年金生活…。

 

会社勤めをしながら

鬼塚家での共同生活が始まりました。

給料は全部鬼塚の家に入れました。

 

それでも、喜八郎さんは

文句一つ言わず

ただひたすらに働きます

 

今では港町として栄える神戸も

当時はまだまだ未発展の地。

戦後の神戸は、

怪しげなパンパンガールや

不良少年(少女)がたむろしていた時代。

 

「この子どもたちが運動靴を履いて

 元気に野原を走り、

 笑顔を取り戻してくれたら…」

  

喜八郎さんはそんな願いを込めて

友人の、いや、今は自分の

名前を記し

「オニツカタイガー」と命名された

運動靴を作り始めます。

 

雨の日も、風の日も

来る日も来る日も

一生懸命に

作り続けます。

 

死んだ戦友との約束を守るため

 

そして、育ててくれた家族に報いるため

 

金儲けではなくみんなの希望のために

 

だからと言って、現実は

そう簡単にうまくはいきません。

資金繰りに困ったことも…。

 

しかし、夢を語る鬼塚さんの

誠意、情熱が認められ、

事業は成功したそうです。

 

当時の庶民の人たちに

現代に生きる僕達に

夢と希望を与えてくれた

鬼塚さん。

 

筋を通し

どんなつらいときも

どんな孤独なときも

常に明るく

未来のために働き続けた男の背中が

僕らに語りかけるものは何でしょうか?

  

男が吐いた言葉の重みは

覚悟の表れなのです。

 

 

鬼塚喜八郎

  

誰もが知る

世界5大スポーツ用品

メーカーの一つ

”アシックス”の創業者です。

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2006年5月 4日 (木)

50年前

 

 

「ゼニは一銭もいらん。

 

そのかわり、会社のえらか衆の、上から順々に

 

水銀母液ば飲んでもらおう。

 

上から順々に、四十二人死んでもらう。

 

奥さんがたにも飲んでもらう。

 

胎児性の生まれるように。

 

それでよか」

 

 

これは今から遡ること五十年前に、

水俣病の被害者、家族の思いを綴った

石牟礼道子さんの言葉です。

 

母なる海を

 〝死海〟にしてしまった

     戦後最大の公害、水俣病。

 

九州生まれの僕にとっては

遠く無い場所での惨劇です。

 

 

いわれなき死に見舞われた人たち。

 

生まれながらに

有機水銀という〝毒〟にむしばまれた人たち。

 

誕生日が二回も三回も、また何回きても

這(は)うことも、しゃべることもできない子どもたち

 

母の目はじっとその子を見つめている。

 

人間であることを

生まれながらに

否定された子供達。

 

その責任を

その悲しみを

誰に求めたらいいのだろう

 

求めたところで

生まれ変わることは出来ず

過去に遡ることも

後悔することすら出来ない。

 

人は言う。 

 

かわいそうだね、と。

 

まるで他人事のように。

いつ自分が被害者に、

いや

加害者になるかもしれないのに

 

感情論だけで

学ぼうとはしない。

 

僕は考える。

 

農薬まみれの野菜

インフルエンザにかかった鶏

 

そして、それらを体に悪いと分かっていても

むさぼり続ける私達。

 

50年後、

蓄積された毒で

蝕まれるのは

私達の子供の子供達。

 

私達がやるべきことは何か?

生きるとはどういうことか?

 

生きることに正解は無い。

しかし私達は

水俣病になった人たちから

学ばなければならない。

 

それは自分のためではない。

人生80年。

その後に続く未来の人々が

明るい時代を送ることが

出来るように。

 

それが私達の使命ではないだろうか。

  

 

『苦海浄土-わが水俣病』

 

この本で、石牟礼さんは

第1回大宅壮一賞の対象となったが

固辞している。

 

そして、記録ではなく

記憶に残る本として

今も読み続けられている。

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2006年5月 2日 (火)

心に問いかける話

それは釈迦が地獄を歩いている時のことだった。

地獄に落ちた人々が、釈迦に向かって口々に

「食べ物をくれ!」

と叫ぶ。

 

その言葉を聞いた釈迦は

皿の上に食べ物を山のように盛り

人々の前に置いて

こう言ったという。

 

「食べても良いが、手掴みで食べてはいけない。

        この箸を使って食べるように」

 

そう言って釈迦が差し出した箸は

重くて長い箸だった。

 

人々は釈迦が歩み去るのを待ちかねて、

箸に手を延ばし、食べ物を口に入れようとした。

ところがあまりの箸の長さに

食べ物を掴んでも食べることは出来なかった。

 

ならば箸の先っぽに近いほうを持てば 

と試みたが、今度は箸の重さで

満足に操ることもできない。

 

結局、目の前に山のような御馳走があるのに

誰もその料理を口に入れることができないのである。

 

人々が泣き叫んでいると

ある一人の老人が何事かを思いついた。

 

箸で食べ物を掴んだら

自分ではなく

目の前の人の口に入れて見たらどうか・・・と。

 

食べさせてもらった人は

もっと食べたいから、

箸で食べ物を掴み

自分の口ではなく、目の前の他人の口に入れる。

 
 
自分だけでは食べられなかった物が

人に食べさせることによって自分の口に入る。

 

人を思いやることが

結局は自分に戻ってくることにつながるのだ・・・・・・・・

 

 

  

昨日お風呂に浸かりながら、この本を読んでいた。

 

そして考えてみた。

 

極東の小さな島国に住む我々日本人。

四季に恵まれ、海に囲まれ

何不自由ない生活をしているにもかかわらず

巷には、今日も地獄さながらの批判や醜聞が

あふれている。

 

ライブドア

耐震偽装

 

テレビに映るのは、わが身かわいさに

嘘ばかりの大人たち。

 

人は何かを手に入れるために

何かを捨てなければならないと言う。

 

金を手にするために

己の心を売り物にした大人たち。

 

求める過ぎるから

捨てなければならないものが増える。

 

釈迦の説法に出てくる地獄の住人達。

一度は地獄に落ちた者達に

求められたのは

 

ふと立ち止まって考えること

 

もう一度、外から自分を眺めてみたらどうだろうか・・・

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そして、彼らにも、このブログを読む皆さんにも

読んで欲しい、僕の好きな話があります。

忘れてはならない何かを

常に僕の心に訴えかけてくれる話です。

http://www.9033700kg.com/ka_chan2nd.html

 

では、また

 

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2006年5月 1日 (月)

銀杏

最近、知り合いが国際交流のイベントに

参加したらしく、そのときの経験を話してくれた。

 

2ヶ月掛けて計画したイベントで

その下準備をし、材料を集め、広告を打ち

申し込みを募る。

 

200人近い申し込みがあり喜んでいたのも束の間

当日、会場に行ったら参加者がその日になって

10名程度キャンセルしていたらしい。

 

その理由について彼は、

 

「来なかった参加者の内、6人がアメリカ人だったんだよ。

 アメリカ人って怠け者で個性が強そうだから

 仕方無いし、別に良いんだけどさ。」        

 

と言っていました。

 

先入観とは恐いもので、その話を聞いた時は 

 

「あぁ、やっぱりアメリカ人って自己中なんだなあ」

 

と思ってしまったものです。

 

やはりそれはテレビやインターネットで見る

ハリウッドスターやセレブの人達の姿だけを見て

アメリカ人って、こうなんだ

と言うイメージが先行しているからではないでしょうか。

 

でもよくよく考えてみると、果たしてそうでしょうか?

  

当日になって予約を断ると言うことは

何も国際交流事業に限った事ではありません。

僕が働いていた店でも

宴会当日になって都合でキャンセルしたり

人数が減ったりすることは当たり前。

 

そのときふと、思い出したことがありました。

それは「銀杏」の事です。

 

給食の時に出ていた銀杏ご飯や

宴会のときに出てくる、妙に臭い茶碗蒸しの銀杏

 

あれだけを食べて「銀杏は不味い!!」

と思って僕は、料理の世界に入って初めて

本当の銀杏の美味しさに目覚めました。

 

白い殻につつまれた銀杏を割って中を見ると

エメラルドグリーンに輝くその物体。

軽く炙って

塩を振り

ひょいっと食べてみる。

  

もっちりとした食感に

程よい甘みと口いっぱいに広がる風味。

 

これが本当の銀杏か!!

 

と驚いたことを覚えています。

 

それじゃあ、僕達が今まで食べていた

あの銀杏は一体何?

と言う話になりますが、

あの銀杏は中国産の冷凍物の銀杏だと言うこと

知ってました?

 

勿論中国産だから不味いのではありません。

中国の銀杏も日本の銀杏も元は同じ。

では何が違うのかと言えば単に処理の方法です。

 

日本では風味を生かすため、殻付きの新鮮な物だけを

扱いますが、中国で輸出向けに扱われる銀杏は

扱いやすさと日持ちが優先され、味は二の次。

 

単にこれだけの理由なのです。

 

こう考えると、銀杏は臭くて不味いと言う先入観も

間違いですし、中国産だから不味いわけでも

有りません。

理由は他に有ったのです。

 

さて、くだんの友人に電話をして

この話を伝え、詳しく聞いてみると

 

その国際交流会、

参加者の5割以上がアメリカ人だったとの事。

 

そう考えれば、参加者の5割以上がアメリカ人で

欠席者の内アメリカ人は3割。

 

じゃあ、むしろ出席率良いじゃないか。

と言う話です。

 

十人十色。

外国人に限らず、初めて出会うものがあると

やはり第一印象と先入観で人を判断してしまいがちです。

 

見た目で判断するのではなく

先入観を外して、じっくりと中身を探ってみる。

 

中身で判断するのが大事だと言うことですね。

 

と言うことで

中身で勝負する僕のブログに

ワンクリックお願いします。

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2006年4月29日 (土)

子供を持つお母さんへ   2

僕が以前勤めていた店は

コース料理が主体の店で

予約をしてから来店されるお客様が

ほとんどでした。

 

女性のお客様が多かった事もあり

子供を連れて来店されることもしばしば。

 

そんな時、一番対処に困るのが

周りの迷惑顧みず騒ぎ出す子供達です。

 

店自体が日本家屋を改築して作ってあったので

マンションやアパート住まいの

お子さんからしてみれば

嬉しかったのでしょう。

 

廊下をバタバタ走り回り

大声を出し

挙句の果てにはかくれんぼ・・・

 

気持ちは分かるんです。

好奇心旺盛な子供達ですから。

 

しかし、他のお客さんからしてみれば

せっかく静かな食事をしに来たのを

台無しにされ、見るからに不機嫌です。

 

お母さん達にしてみたら

せっかくのランチのときぐらい

子供をほったらかして

おしゃべりしたい気持ちも分かります。 

 

少しぐらいのことなら僕達も大目に見ます。

しかし、あまりにひどいようなら、

子供の気持ちは分かるけど

大人しくさせるのが親の役目でしょう。

 

しかし、最近ではそのことを注意すらしない

お母さん達が

何処に言っても目立ちます。 

 

そんなときの店側の対処としては

まず子供に、自分の席に戻るように言います。

しかし、それでも言うことを聞かなければ

他のお客さんたちの手前

一言、言いに行かざるを得ないのです。

 

何も対処をしていないと

思われてしまうのは

僕達としても避けなければなりませんから。

 

勿論、お母さん達の気持ちを斟酌して

すまなさそうに、サラッとお願いします。

いきなり店長自ら言いに行けば

事が大きくなってしまうので

女性の仲居さんにお願いして

「他のお客さんもいらっしゃいますので、すいませ~ん」

と。

 

これで分かってくれるお客様が大部分ですが、

まるで、金さえ払えば何をしてもかまわないでしょ?

と、言わんばかりの態度の人も中にはいらっしゃいます。

 

挙句の果てには

注意しに来たことを非難する始末。

 

最終的には僕が出て行かざるを得ません。

 

一度、こんなことがありました。

 

穏便に穏便に話をしようとする僕を見て

気が弱いと勘違いしたお客さん。

 

何を血迷ったのかこんなことを言います。

 

「あなたみたいに若い人が店長をしているのだから

 従業員の教育が出来てなくても

 仕方ないわね。」

 

実際に粗相があったのなら

平謝りの僕も、

筋違いのこの言葉に

初めて怒りを覚えました。

 

周りには事の成り行きを静かに見ている

他のテーブルのお客さんがいます。

 

しかし、そこまで言われて黙っているほど、

大人しくは有りません。

それでも、抑えに抑えて言葉を選んでこう言いました。

 

「確かに私はまだ若造です。

 従業員の教育が行き届いていない所も

 多々あると思います。

 もしそれでお客様に不愉快な思いをさせたのなら

 それは私の責任ですから謝ります。

 しかし、従業員の不始末の責任を私に取れと

 言われる理由そのままに、

 お子様が他のお客様に迷惑掛けられて

 いるのは親の責任ではありませんか?」

 

もちろん、御客様は何も言い返せませんでした。

御自身が一番良く分かっていたのでしょう。

 

しかし、何度思い返しても、後味の悪い思い出です。

ふとこんな言葉が頭をよぎりました。

  

筋を通せば角が立ち

  自分を殺せば腹が立つ

    あぁ、この世は生きにくい・・・・・

 

最近流行?の 「自己虫」

明日は我が身かもしれません。

 

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2006年4月26日 (水)

中国野菜の軌跡・・・・というより奇跡!!

かわいい子には旅をさせよ

 

日本人なら誰でも知っている格言です。

  

もともと農耕民族である我が国。

わざわざ旅などせずとも

自然環境に恵まれた土地に定住し、

巡りゆく四季に応じて

土地を耕して

農作物を作っていれば良かったのです。

  

それを変えたのは戦乱の世でした。

古くは大化の改新の飛鳥時代から

文字通りの戦国時代を経て

鎖国を解いた日本。

 

それは、

もともと争いごとを好まない

平和主義者だった日本人の

本質すら変えてゆきました。

 

「和を以て貴しとなす。忤(さか)うること無きを宗とす。」

を憲法としていた国が、

戦乱になるや

「勝てば官軍 負ければ賊軍」

になってしまいます。

 

  

かわいい子には旅をさせよ・・・・

 

 

今改めて考えると、

そう言える今の日本が

それだけ平和になったという事でしょう。

 

しかし、いくら平和といえども

度を過ぎたぬるま湯体質の中では

人材など育ちません。

だから、かわいい子には旅をさせて、

多少の困難や苦労が伴おうとも、

自立心や独立心を身に付けさせなさい。

と言っているのでしょう。

 

 

ただし、こんな旅はご遠慮願います。 

というよりも、ありがた迷惑です。

 

 

中国で収穫されたほうれん草が

トラックに載せられ

市場について

日本向けのコンテナにつめられ

港で炎天下の中、

船に乗るのを待ち続け

やっとのことで日本へ出向。

 

日本で保税倉庫に入り、

長々と検査を待って

市場に並び

セリに掛けられトラックへ

 

スーパーに並び

さらには売れ残り

翌日のタイムセールの時に

お姉さまたちに拾われる。

 

挙句の果てには

チルド室から

冷凍庫・・・・・

 

 

あ?

 

 

新鮮さはどこいったんだ!!

みちくさ食ってんじゃねーーーー!!!

 

 

つまり 「過ぎたるは及ばざるがごとし」 です。

 

何事も適度にとは言いますが

適度というのが一番難しいと感じる

今日この頃です。

 

こちらは適度といわずに毎日どうぞ (^O^)

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2006年4月25日 (火)

スモーキングマウンテン

スモーキングマウンテン(ごみの山)で

生きる東南アジアの子供達

 

1日中、ごみ拾いをして

稼ぐお金は70円。

 

早い子で4歳から

その山に「働き」に出る。

 

その現場で、

7才の女の子に

「夢はなんですか?」

と聞いたところ、

「大きくなるまで生きている事です」

と答えたという。

 

夢も無い日本人。

生きることに懸命さがない若者とのギャップ。

 

世界の食料の30%以上を消費する日本。

捨てる残飯の量も世界一。

 

親は、

「子供が大きくなっても生きていけるように。。。」

そう願い、生まれたばかりのわが子の足を

切り落とす。

 

誰かの施しを受けて

生きていけるように。

 

生きることの難しさ。

食べる事の困難。

 

生まれる国を間違えたら

自分はどうやって生きていくのだろう。

奇跡的に日本に生まれた自分を

ラッキーだと

軽く流してみた。

 

のうのうと生きている自分の

後ろめたさを

誤魔化すように・・・・。

 

生きる事は、

ある意味、闘争である。

 

その生きることに

絶対的な支配権を持つ

「食べる」という行為。

 

そして、

生涯の記憶に残る食という

コンセプトの我がサイト。

 

生きるために必要な食。

生き続ける日常で

記憶に残るという事が

どれほどまでに究極の贅沢なのか。

 

極限まで愛情を掛け

自分の子供の様に逸品を育てた生産者の愛。

その想いを、大切に伝える

僕達の使命感。

そして、

様々なシーンで

心から幸せを感じて

笑顔の食卓に出会ったお客様。

 

僕の中で

東南アジアの現実と衝突する。

 

生きていくことに正解は無い。

価値観も

重みも

自分の人生を全力で生き抜くことに

変わりはない。

 

時として、

人は自分が生きている日常が

至極当然のこととして

流されていく。

 

これだけ流される人が多ければ

流れ着く先もないだろうに。

 

改めて、

自分で誇れる人生を歩みたいと思った。

そして、

幸せとは

なるものじゃなく

感じるものだと

改めて想った。

 

そんな想いがいっぱいに詰まった

僕たちのサイト。

 

1度。

一生に1度の事でもいい。

生きていることに感謝したその日に

大切な人と

味わって欲しいと

願います。

 

人生は自分自身で積み上げていくもの

 

しかし

Banner2_5ランキングはみんなで積み上げるものです

 

 

では、また

 

 

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2006年4月22日 (土)

心通わぬこの国へ

食と心の重要性は随分昔から指摘されていますが、

その意味とは何でしょうか。

 

料理は心をこめて作るものです。

そして、その食材も心をこめて作られたもの。

 

食育という言葉が最近出てきています。

 

キレやすい若者の給食を

バランスのとれた食事に変えたところ

校内暴力も減ったとか。

 

僕は、中学に入学してすぐに母ちゃんが

他界したため、ご飯はいつも店屋物でした。

洋食→うどん→中華→弁当の

ローテーションで、

カツカレーを泣きながら

1人で食べてた記憶が今もあります。

 

以前の記事を読まれた方はもうお分かりでしょう。

遠足のおにぎり。

小学校5年生のときの思い出を僕はいまだに

美化しているのかもしれません。

  

  

僕が食の産業に入ったのは

孤独に食事をすることの

寂しさや悲鳴がよく分かることや、

真心のこもった料理を心の底から望んだ結果でした。

 

たまごかけご飯でもいい。

誰か愛情を込めて作ってくれたなら

僕はそれで満足でした。

 

今、人に真心を与える側になり

様々な人から感謝の言葉を頂く度に、

本当にこの世界に入ってよかったと

心の底から思います。

 

そして、向かい合うビジネスの現実。

 

どうでもいい、安い食材だけを謳ったが故に

なおざりにされてきた健康への配慮。

効率化を求めるあまり 

愛情や心が料理から消えていく現実。

それは飲食店にも言えることです。

 

そんな中、宗右衛門に携わってから

生産者の中にこだわりや

愛情を込めて育てている方々と出会いました。

 

料理は心。

食材も心。

そして、売る側もその心が

無くなった時点で

その商売はペテンになってしまいます。

 

この国に

金儲けではなく

本当にいいものだけを

心を込めて扱う人間がいてもいいじゃないか。

 

そして、いつの時代も

最後に残るのは「本物」を追い求める心だけだ

ということを、僕は証明したいと考えています。

 

時間はかかるかもしれません。

 

そして、仮に僕達がいなくなっても

この国には、そんな男達がいたという事を

覚えていただければ幸いです。

 

真心をこめて作られた料理とは・・・

 

商業主義一辺倒のこんな時代だからこそ

僕が常に心がけている言葉があります。

 

志を立てるためには人と異なることを恐れてはならない

 

世俗の意見に惑わされてもいけない

 

死んだ後の業苦を思い煩うな

 

また目前の安楽は一時のしのぎと知れ

 

100年の時は一瞬に過ぎない

君達はどうか、いたずらに時を過ごすことのないように
 

 

かの有名な吉田松陰

松下村塾の塾生に送った言葉です。

 

Banner2_5←僕の想い・・・皆さんに届きましたか?

 

 

 

あ、それと昨日のブログで書いていた面白いとこ。

先日の成分分析の結果を受けて、自分を見つめなおし

たいという方にはお薦めです。

ご存知の方もいらっしゃるみたいですがココです。

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2006年4月19日 (水)

続 母ちゃんのおむすび

世の中には知らない方が幸せな事が数多くあります。

  

おかげ様で、月曜日でも引っ切り無しに続く

お問い合わせの電話。

 

わが宗右衛門には3名のお客様サポートマンがいます。

 

一人は、実家が宮崎県で魚屋さんの真美ちゃん

もう一人は、愛媛出身の学さん

最後はチーフで料理暦15年の宏さん

 

意外に思われるでしょうが、2名は男性です。

 

店長曰く 

「料理のことを何も知らない電話オペレーターが、御客様

 の細かい問い合わせに、瞬時にどうやって応えるの?」

                             とのこと。

 

そのため、女性にこだわるよりも、経験と説得力

の有る男性をお客様サポートセンターにしているそうです。

 

入社当初は電話受付の人は爽やかな女性のほうが

良いのでは?と思っていましたが、

そう言われて納得した記憶があるのを覚えています。

 

知らなければよかったと言うのは、勿論この事ではありません。

 

それは、昨日の出来事でした。

 

店の広告をかねて、さまざまなサイトをネットサーフィンしている

僕はその日も全国の気になる情報をチェック。

 

しかし、その途中で僕は出会ってしまったのです。 

 

その名も

  成分解析   on   WEB

 

まさか、このサイトが母ちゃんのおにぎりの秘密を

知っているとも知らずに・・・・

 

 

  ここにはこう書いてあります。

 

 成分を分析した結果がここに出ます。

入力ボックスに分析したい名前や物を入力して

 「成分を解析する」ボタンを押してください

 

つまり、こういうことです。物でも人でも良いので

その分析したい物の名前をここに書けば瞬時に

その成分を分析してくれると言うのです。

 

思いついた僕は、早速入力します。

 

まずは、我が「鍋島屋宗右衛門」と入力して

クリックしてみる事に

        ・

        ・

鍋島屋宗右衛門の解析結果

        ・

        ・

        ・

        ・

鍋島屋宗右衛門の56%は小麦粉で出来ています

鍋島屋宗右衛門の33%は陰謀で出来ています

鍋島屋宗右衛門の6%は気の迷いで出来ています

鍋島屋宗右衛門の5%は心の壁で出来ています

 

 

 はい~?

なんば言いよっとですか~~??

 

僕あはまりの衝撃に、つい九州弁に戻ってしまいます。

しかし、何となく言いたい事は分かりました。

 

どんなものでも分析してくれると言うんだね・・・

じゃあ、僕自身ならどうだ!!

 

 「石原義浩」

    ・

    ・

石原義浩の解析結果

 

石原義浩の98%は汗と涙(化 合物)で出来ています

石原義浩の2%は雪の結晶で出来ています

 

 

お~~!!

  こいつわかってるじゃないか

 

そこで僕は思い出します。

以前3月27日に書いたブログのことを。

 

「母ちゃんのおにぎり」    

そう、半分は優しさで出来ていると

無言で子供の僕に教えてくれた、母ちゃんのおにぎり。

 

これならどうだ!!

 

母ちゃんのおにぎりの解析結果

        ・

        ・

        ・

        ・

        ・

母ちゃんのおにぎりの71%は毒電波で出来ています

母ちゃんのおにぎりの16%は濃硫酸で出来ています

母ちゃんのおにぎりの7%はミスリルで出来ています

母ちゃんのおにぎりの4%はお菓子で出来ています

母ちゃんのおにぎりの2%は言葉で出来ています

 

 

僕は一瞬にして現実を思い知りました。

 

遠足で作ってくれる、あの青空の下で

食べる、ぶっきらぼうに銀紙に包まれた

あの、母ちゃんの優しさに包まれたおにぎりは

あの、母ちゃんのおにぎりは・・・・・

 

毒電波と濃硫酸で出来ているのです。

 

それでは、皆さんさようなら

今日のブログを書くのに

電車の中でもブログをやっていたため

2度も失敗して更新ボタンを押し、文章を消した

哀れな僕に・・・・・こんな僕に御協力をお願いします。

4時間もかかったんです・・・・・お願いします・・・・・・

Banner2_5←今、首位争いが面白い。人気ぶろぐランキングです

 

それと、たくさんの人に試してもらいたいので、

サイトのURLを残しました。

 

出来たらお友達にも紹介してみてください。

 

面白かった方は、ブログ内で表彰しますので

コメント欄にご応募ください。

内容次第では、店長に掛け合って

我が宗右衛門の商品を・・・・・

さあ、皆さんお試しください!!

http://seibun.nosv.org/

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2006年4月18日 (火)

チワワに忍び寄る影・・・

チワワ

 

チクワではありません。

 

獅子丸大好きチクワ(ハットリ君世代なら分かるはず)

 

皆さんこんばんは、チクワを食べながら

この文章を書いている、獅子ま・・・いえいえ、石原です。

 

 

今日はこんな話をしてみたいと思います。

 

 

生け垣を登っていたキツネが滑り落ちそうになってイバラを

つかんだところ、とげで足の裏が血だらけになりました。

 

キツネは言います

「味方と思って逃げ込んだ者を

            もっとひどい目に遭わすのか」

 

イバラは言い返します

「おまえこそ、とんだ了見違いだ。

 絡みつく習性のある私に、しがみつこうとするなんて」

 

 

『イソップ寓話集』(岩波文庫)にあるキツネとイバラの

話ですが、どちらの言い分に分があるでしょうか。

 

この話では悪人を味方と思って

身を寄せていく者は愚かだと説いています。

 

でも、もしイバラが

「よかったらつかまって」

と笑顔で声を掛けていたとしたら、

とらえ方は違ってくるでしょう。

 

 

消費者金融大手のアイフルが強引な取り立てなどを

繰り返していたとして、

金融庁から業務停止命令を受けました。

 

全国約千九百店舗すべてを対象とする異例の厳しい処分。

 

同社は一部上場企業で、利用者はヤミ金融のような怖さは

無いと安心していたに違いありません。

 

コマーシャルでは愛らしいチワワが人気を得ていましたが、

ところがどっこい、実際に金を借りると、

どう猛な犬が待ち構え、どこまでも追いかけてくる。

 

被害者にすれば、そんな感じではなかったでしょうか?

 

困った時、気軽に貸してくれる消費者金融は心強い味方で、

それで助かったという人もいるでしょう。

 

だが、気軽さも程度問題で、ましてや法を犯して絡みつく

習性のある業者だと分かっていれば誰も頼りはしません。

 

それを承知で身を寄せていく者は、

寓話が説くように愚かといわれても仕方ない。

しかし、今回ばかりは話が違います。

相手は模範となるべき業界大手。

それがイバラであっては不安が広がり、

法を守る同業者にも迷惑な話だと思います。

 

お金にまつわる話・・・

 

私達の身近なところにもどうしても出てきてしまいます。

友人に頼まれるちょっとしたオカネ。

これくらいなら断りようも有ります。

後々揉めたくないからと・・・

 

しかし、家族親戚づきあいの中で生じるお金の話。

これは貸すにしろ、断るにしろ難しいものです。

 

商売に関するオカネ・・・

畑は違えど、同じ資本主義社会の中にいるからには

私達にも無関係ではありません。

 

幸い、私達のお店は口コミを中心に品質の良さを認めて

頂いているおかげで(皆様に感謝です)

ネット上に広告を出したりしていません。

 

多分、インターネット販売のお店で広告を出さずに

営業しているサイトは私達ぐらいでは無いでしょうか?

 

自分達の身の丈にあった商売を

自ら大げさに誇張せず

生産者の人たちやお客様と信頼の中で

商売を築き上げることができる私達は

幸せ物だなあと実感しています。

 

「よかったらつかまって」と言えるイバラを目指して

僕達は今日も走り続けます

 

自慢話はこれくらいで・・・

 信頼回復に向け、

   ♪♪どうする? アイフル!♪♪

 

 

今日も読んで頂きありがとうございます。

 

こんな謙虚な獅子ま・・・・いえいえ、石原に

一票という人はご協力お願いします。

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2006年4月16日 (日)

世界の頂きに辿り着いてしまいました・・・・

かつて人類初のエベレスト登頂を目指した

 

ジョージ・マロリーは,なぜ山に登るのか?と問われ

 

そこに山があるから

 

と答えたという.。

 

学生時代、登山部に所属していた僕も

料理の世界に入りはや十数年。

 

いつの間にか山に登ることよりも

料理の世界という山の頂を目指すことに

懸命になっていました。

 

皆さんこんばんは、バイオレンスな登山野郎の石原です。

 

冒頭の文を読んで、今日も良い話を聞かせてくれるのでは?

と期待した皆さん。

 

すいません

 

今日は先に謝ります。そうではないのです。

 

先日、とうとう見つけてしまったのです。

 

僕が目指した登山家としての山の頂と

         料理人としての山の頂き。

 

その両方を兼ね備える山を発見してしまったのです。

 

そこを見つけた瞬間、僕は愕然としてしまいました・・・

 

まさか、あんなカタチの料理があるなんて・・・・・

 

場所は愛知県名古屋市。

その名も”喫茶マウンテン”

  

店名を見ただけで僕の登山魂に火が灯ります。

 

いつか山の頂に登る事を夢見た僕。

 

その山とはココだったのか!!

 

と言う風格すら漂っています。

 

話は遡ること3ヶ月前の話です。

 

以前、中国の臭豆腐を食べたときの

感想をこのブログで書いたことがありましたが

それに勝るとも劣らないこの店をいつかは

話そうと思っていましたが、あまりの衝撃に

記憶の隅にしまいこんでいました。

 

それでは、そのときの様子をお話したいと思います。

 

東名高速を飛ばしに飛ばすこと5時間。

ついにその場所へ辿り着きました。

扉を開けると席は満席。

お客のにぎわう声と、喚起の声が所々でこだまします。

 

入り口近くに通された僕。

この日のために貯めた貯金を握り締め

今日は食べつくしてやるぞ!!と言う気概で

高鳴る胸の鼓動を抑え、そっとメニュー表を開きます。

 

その瞬間、眩いばかりの光と共に

僕の目に飛び込んできたメニューの数々。

 

これだ!!このメニューだ!!

 

はやる気持ちを抑えて、店員さんを呼び

注文します。

  

店員 「ご注文はお決まりですか?」

 

僕  「はい!!」

 

店員 「なんにいたしましょうか?」

 

僕   「では、甘口抹茶小倉スパゲティーを。」

 

          ・

          ・

          ・

          ・

          ・

Mou02

                        (画像は借り物です)

皆様お気づきでしょうか。

そうです。そうなんです。

僕が登ろうとした山、喫茶マウンテン

そこは、遭難必至の奇食の山だったのです。

 

いくら登山部の僕でも遭難必至な山と言われれば

登らずにはいられません。

 

周りを見渡すと、そこにはすでに遭難者が数名。

 

症状を見るべく席を立ち上がり、遭難者の近くの席を

素通りしながら様子を伺います。

 

食べたのはどうも、

 

納豆サボテン卵とじスパゲティー

 

聞くだけで吐き気を催しそうなこの料理・・

素人に毛が生えたような初心者が登れる山では

ありません。

 

勿論、30分かけて完食した僕。

残ったのは、吐き気と虚しい達成感。

それだけでした。

 

皆さんはどうか、遭難必至なこの喫茶マウンテンテン。

訪れる事の無いように・・・・。

 

なお、この喫茶マウンテン

わが鍋島屋宗右衛門とは一切関わり合い御座いません。

変な誤解をなさらないようお願い申し上げます。

 

昨日の順位は33位でした。

 

最近の順位上昇で、店長も結果を出した僕に

何も言えないようですが・・・明日が恐いな・・・・

と言う事で、御協力お願いします。

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もしも興味がある方は、 

http://kissamountain.blog61.fc2.com/

を参照下さい。

 

ではまた

 

 

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2006年4月15日 (土)

出る杭でも、少し位ほっといたら?

また、性懲りも無く酒税法が変わりましたね。

 

発泡酒がでてきたら、発泡酒を叩き

 

第3のビールが出てきたら、それを叩き・・・

 

もう少し、長い目で観てやれば良いじゃないですか。

他にももっと、やることあるでしょう。

BSEとか、鶏インフルエンザとか・・・・・・・

 

皆さんこんばんは、チョット怒っている石原です。

今日の話題も昨日に引き続きお酒に関するお話です。

 

皆さんはどう思いますか?

僕にしてみればタバコ税が上がるのとは、

訳が違うような気がするんです。

 

タバコの場合は、僕の周りにもタバコを吸う人が

いますが、上がっても仕方ないなあという雰囲気すら

ありますし、子供を持つお母さん達にしてみれば、

良いことこの上ないでしょう。

実際に日本のタバコは世界的に見ても

安すぎるくらいですから。

 

 

でも、酒税法は違う気がしますよ。

だって、飲みすぎはいけないにしても、

今回の酒税法で一番打撃を受ける家庭用の

ビールなどはほとんどが家で消費されるものでしょう?

お父さんの晩酌やチョット気分転換に飲み

お母さん達のホット一息のささやかな楽しみに飲む。

それを次から次に増税増税って・・・

 

最近はプレミアムビールなども出てきていますし

本物志向か低価格路線か2極化になっています。

 

確かに若干景気も上がっては来ているのでしょうが

出る杭を見つけ次第に打って打って打ちまくるのは

ビールを作る側にして消費者にしても悪影響の

ような気がします。

 

僕が一番気になるのは

作る側と政府との変ないたちごっこのせいで

製品の質が悪くなることです。

 

たとえば仕事にしたってそうですよね?

はじめはうまくできない人も、徐々に出来るようになり

仕事に楽しさを覚え、もっと良いものを作ろうとするし

仕事にやりがいを持ってくる。

それが、競争になり、刺激になり、質が上がる。

それには時間が必要な事もあると思います。

 

それを、新しい分野に目を向けた途端に増税では

やるほうもやる気がおきないでしょうし、

会社も利益につながらないなら止めてしまえ、

となるでしょう。

設備投資や研究に無駄な金を使う事になりますから。

 

確かに国はそれでいいのかもしれませんが

本当の国益を考えた場合に今のやり方では

世界に通用する日本のビールは育たないと思います。

 

もっと広い視野でこれから先の産業を考えていく人が

でてきて欲しいと思う今日この頃です。

 

そうだ、そうだ!!と思う人はワンクリックお願いします。

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2006年4月13日 (木)

男前の条件

つい先日、わが社にも新入社員が入ってきました

 

総勢7名。その中でもひときわ目を引く男がいます。

 

名前は小西君。

小西という苗字からは想像もできないほどの

茨城県出身の超体育会系です。

 

この小西君

意外にもパソコンが得意らしく、ワードやエクセルの

プロフェッショナルの資格を持っています。

 

そんな彼が先日のブログを見たと僕のところにやってきました。

 

 

小西  「石原さん!昨日のブログ感動しました。

     僕の親父も大工をやっていますが、これがもう

     昭和の職人を絵に描いたような親父で、

     酒は飲むは競馬はするわの親父だったんです。

     でも、昨日のブログに書かれていた豆腐職人の

     北村さん。あの方にはすごく感動しました。

      僕も北村さんのようになれるよう頑張ります。」

 

 

僕   「ありがとう。なかなかブログを書くのも難しいん

     だけどそう言ってもらえると嬉しいよ。

     頑張ってね。」

 

小西  「それで、僕も色々パソコンで調べたんですが

      すごい豆腐屋を見つけました。

      紹介しますのでご覧になってください。

 

     北村さんもすごい職人さんですけど、ここの豆腐も

     すごいんです。北村さんほどの人には成れ

     なくても、ここの豆腐屋ぐらいにはなりたいです。

      

そういって僕にアドレスを教えてくれた小西君。

 (ちなみにhttp://otokomae.jp/index-pc.htmlです)

 

小西君の最後の言葉が気になった僕。

どれほど凄い豆腐屋なのか、百聞は一見にしかず

ということで、早速見てみます  

          ・  

          ・

          ・

          ・

          ・

          ・

確かにすげーな、こいつは・・・・・・・

 

名前は男前豆腐店。

名前からして男気を感じてしまいます。

ネット上では有名らしいのですが、僕ははじめて知りました。

売っている豆腐はシンプルなのですが、

ネーミングが素晴らしい。

 

だが小西君、一言言っておくよ。 

 

 うちではこの商品、取り扱えないからね・・・・・

 

皆さんもご覧になってください。

僕の言っている意味が分かると思います。

 

はぁ、今年もすごい新人が入ってきたな・・・ 

 

ところで、人気ブログランキングの順位がウナギ登りです。

今。47位ですが今日はどうでしょうか?

皆さんありがとうございます。

 

今日の順位をご覧になりたい方は

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2006年4月12日 (水)

我々の社訓

その人は、とても実直。

一切の妥協が無い。

優しく、温厚で、

でも負けず嫌い。

 

ある日、自分の父親の死を看取ったその人は、

その日も、喪服を着て仕事に来ていました。

 

自分の造る商品を食べに来てくれるお客さん。

笑顔で、喜んで食べるその姿を裏切れないと

悲しみの背中で、黙々と仕事をしていました。

 

黙々と、背中しか見せず。

 

人が生きる事。

仕事とは。

男の生き方とは・・・・。

 

その人の名前は北村好巳さん。

豆腐を造り続けて35年の生粋の職人。

 

仕事のスタイルもこの10年で様変わりし、

我々日本人の仕事への価値観も随分変わってしまいました。

 

そんな中、

激動の時代を乗り越え、

1つの事を、

何も変わらず貫き続けるその生き方。

誰よりも早く起き、

誰よりも遅く帰るその温かい男の背中に

私達は、多くのことを学ばされてきました。

 

男の仕事は歯を見せて笑いながらするもんじゃねぇ。

死んだ親父が言っていました。

 

ですが北村さんの笑顔は人と人をつなぐ架け橋。

職場の雰囲気に一番心血を注ぐ気遣いの為に・・・・。

 

60の声も聞く北村さんは、

誰よりもきついはずなのに、

辛い表情1つ見せません。

 

ただ、ひたすらに。

お客様の笑顔の為。

 

自分の仕事に誇りを持つ

孤高の職人だからこそ

自分にも、

そして自分が手塩にかけた作品にも

嘘は付かない。

 

我々、鍋島屋宗右衛門の末端社員、

また、その事業全てに関わる者全てが、

そんな背中を社訓としています。

 

何の言葉も無い、

でも、多くを語りかけるその背中に襟を正しながら。

 

ただ、当たり前に。

ただ、ひたすらに。

我々の為ではなく、

購入してくださる皆様の笑顔の為に。

 

古きよき職人の生き方とは

決して頑固で融通が利かない人間の事を

言うのではありません。

 

本物の職人の生き方とは・・・・。

本当はとても大きく、

そして、優しい生き方なのだと私達は本気で考えています。

 

では、また

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2006年4月 9日 (日)

虚勢

今日は日曜日ですが更新しています。

理由は後ほど、まずは昨日の続きから・・・・

 

 

以前のブログにも書きましたが

中学に入るのを機に、ちょっと悪ぶっていたのでしょう。

 

僕の中学は5個の小学校が集まるところで、調子に乗っていた

僕は舐められないように虚勢を張ります。

 

知っている同じ小学校出身の友達の前。

見た目がチョット弱そうな、よその小学校出身者。

 

今考えれば、ちっちぇー野郎だなあと思いますが、

5年生のときの事以来、強がることで

自分の存在をアピールしたかったのだと思います。

 

 

単に虚勢を張るだけならまあ良かったのでしょうが

それはだんだんエスカレートします。

 

友達を小突いたり、馬鹿にして笑ったり

それは男だけでなく女の子にもでした。

 

 

当時、ヤンキーグループ見たいなのに所属していた僕。

勿論小突かれた相手も言い返したりはしません。

 

それを分かっていて、いい気になって小馬鹿にする僕。

多分これを読む皆さんの学校にも居たであろう

いわゆる、むかつくヤツの一人でした。

 

母親は、そんな僕のことを知っていたので

良くこんなことを言っていました。

 

「そんなことばかりしてると、友達が居なくなるよ。」

 

僕は決まって言い返していました。

 

「別に友達なんかいらないよ。」

 

自分で言うのもあれですが、

まあ、人並みに勉強も出来て運動神経もあった僕。

全ては自分の思い通りに物事をすすめたがる

人の痛みが分からない、自己中なヤツだったと

言うだけの事です。

 

たまに、テレビでイジメ問題があったりすると

いじめるほうも悪いが

いじめられるほうにも原因があるなどといいます。

 

しかし、断言しましょう。

小中学生にそんな大人の理屈は通用しません。

 

 

なぜなら、理由など無いのだから。

気の弱そうな子をいじめるヤツが単にいじめられる側の

気持ちが分からないだけのことです。

 

しかし、その理由そのままに3年生のになった僕は

ある出来事をきっかけにいじめる側から

いじめられる側に回ることになるのです。

 

 

今日は短いですがここまで。明日は・・・

と言いたい所ですが、更新は火曜日の夜になります。

 

 

実は今、出張で宮崎県にいます。

宮崎県にものすごく美味しい豆腐があるという情報を

手にした、わが鍋島屋宗右衛門の目利き委員会の一人

豆腐職人の北村さんが、どうしても行きたいから連れて行って

くれというので、来てみました。

 

明日の朝6時に宮崎の椎葉村という所に着かないと

いけないので、4時間後には宮崎市内を出発します。

 

北村さんはビールを飲みすぎて、隣で寝ています。

何回か後にこの北村さんについても語ることが

あると思います。

僕を変えてくれた一人の男として

 

しかし、明日の運転は・・・・・・どうせ僕なんだろうな・・・

 

こんな僕に同情してくれる人は

いつものヤツ、お願いしておきます。

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~昨日のブログにコメントしていただいた方へ~

ありがとうございました。お返事は必ずさせていただきますので

お待ちくださいね。

では、また

 

 

 

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2006年4月 8日 (土)

悲しみを知るという事

皆さんこんばんは

今日も元気だご飯が旨い!!の石原です。

 

では、昨日の続きを・・・・・

 

先生はじっくりと噛み締めるように言葉を漏らします。

 

「先生が大学生のときのことでした。

先生には高校生の弟がいて、野球部でピッチャーを

していました。昔から線の細い弟で、気が弱かったけれど

野球に出会ってからはいつも学校に行くのが楽しそうで

家に帰ってからもシャドウピッチングをしたり、野球の本を

楽しそうに読んでいました。

 

 

 そんなある日

 

 

弟が、バッティングピッチャーをしていたときに

バッターの打った打球が顔面に当たり、意識不明で

救急病院に運ばれたと連絡がありました。

 

バイト先に掛かってきた電話に気が動転して

すぐに病院に向かったのを覚えています。」

 

先生は泣きながら言葉を続けます。

 

「先生の診断は”脳が衝撃を受けているため

 予断を許しません”とのことでした。

 

   ~中略~

 

 1週間後、奇跡的に意識を取り戻した弟。

 しかし、外傷がひどく、頭が倍以上にはれ上がり

 脳内出血を起こしているため手術をするとの事。

 

 ひとまず手術は無事成功し、これで大丈夫だと

 安心したのも束の間。

 

 先生は家族と弟の前で、こう言われました。

 

 二度と野球は出来ないし、普通の生活も出来ないとの事。

 脳に対する衝撃がひどく、言語障害のほか歩行障害も

 直る見込みは無いとのことでした。

 

 それでも、2ヶ月、3か月経って少しづつ良くなっていました。

 やっと、意識自体は少しづつはっきりしてきたらしく、

 言葉を交わせるようになった弟。

 

 無理して笑顔を作ろうとする弟を見て、そのときやっと

 安心したのを覚えています。

 

 でも、更にひと月が経った7月26日土曜日深夜。

 

 弟は病院の窓から飛び降り自殺をしました。

 

 

 最後に交わした言葉は

 「明日はアンタが好きなスイカ持って来るね・・・・・」

 

 遺書はありませんでした。字が書けなくなってたから。

 

 看護婦さんの話では、みんなに迷惑をかけているのが

 本人的に嫌だったのもあるし

 「一生このままですか?」

 と、毎日のように聞いてきたそうです。

 

 はっきり喋れてなかったけれど、そういうことを

 看護婦さんには話してたそうです。

 

 勿論家族はそんなこと知りもしませんでした

 

 多分弟は、怖かったんだと思います。

 昔から気が弱く、遠慮しがちの弟。

 野球が出来ないばかりか、一生病院生活かも

 しれない不安。そして、自分のせいで家族に・・・・

 

 意識自体がそこまでハッキリしていたかも分からないので

 断言できないけど、死ぬ理由がそうだとしか

 先生には思えませんでした。」

 

 先生は最後にこういいました。

 

 「人が死ぬということ、死ぬとはそういうことです。」

 

 先生はそう言いました。

 

 その後、昼休みを挟んで気分転換にとクラス全員で

 ドッジボールを したのを覚えています。

 

 勿論、友人は先生の配慮で別の班にされました。

 僕もそれが言いといいました。

 

 しかし、その納得の理由は皆さんが想像するほど

 大人びた考えからではありませんでした。

 

 単に、あいつが僕を嫌いなら

     僕もあいつを無視する。

 

 それだけのことでした。

 先生の話は非常に頭の中に今でも残っています。

 

 でも、その話を自分に置き換えて先生の言わんとしてること

 が分かるほど僕は素直ではなかったのでしょう。

 

 そして、それに気づかないまま中学生になった僕を

 待っていたのは、いじめる側からいじめられる側に

 なるという結末でした。

 

 それについては、また明日。

 

 それから、昨日のブログに随分多くのコメントを頂き

 ありがとうございました。

 

 今でも僕はその先生のことを恩師だと思っています。

 当時は気づかなかったけれど、僕のことを息子のように

 叱ってくれて、また、初めて僕の事を

 認めてくれた人でも有ったからです。

 

 あ、うっかりしてましたが

 いつものヤツ、お願いしておきます。

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 最近のブログが仕事ではなく日記になっていると

 小言を言う店長を納得させるためにも・・・

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2006年4月 7日 (金)

時の流れ

昨日のブログを書いていてふと昔のことを

思い出していました。

僕の記憶にある少年時代は、今になって考えてみれば

”何て情けない人間だろう”

と言うのが最初の印象です。

それと同時に、僕を見守ってくれた沢山の恩人たちに

よって、多くのことを学び、救われた気がしてなりません。

皆さんこんばんは。今日はまじめトークの石原です。

真っ先に思い出すのはやはり小学生のとき。

ペンは剣よりも強し とはよく言いますが

僕の場合、それは剣ではなく言葉でした。

いや、言葉と言うより暴言

僕の暴言でどれだけの人が傷つき、深い悲しみを

背負ったのかを思い出してしまいます。

しかもそれは自分より弱い他者に対するものばかりでした

勿論、少年時代にそのことに気づいていなかったわけでは

有りません。あれは、小学5年生のときの出来事でした。

ホームルームで席替えをしていたときのこと。

自称人気者を気取っていた僕はそのときも大はしゃぎ。

当時、席替えと言えば、まず班長を立候補させ、その班長が

仲のいい友達を選んでいくと言うのが当たり前でした。

調子に乗って班長になった僕。

みんなの前で他の班長と共に席を決めていきます。

しかし、そのとき僕を愕然とさせる出来事が起きました。

それは僕が選んだ、友達だと思っていた友人が

泣いている姿でした。

先生も気にしていますが、とりあえず理由が分からなかったので

その場はやり過ごし、席替えが終わりました。

放課後、先生に呼ばれた僕と友人

何があったのか良く分かっていなかった僕は

「どうせ好きな子と一緒になれなかっただけだろう」

ぐらいにしか考えていませんでした。

しかし、現実はそうでは有りませんでした

僕と一緒の班になった友人は、僕と一緒の班になるのが

嫌だと言って泣いていたのです・・・・・

彼の泣きながら話す言葉とその理由。

お調子者の僕にも真意は伝わってきました・・・・・

そのとき初めて気づいたのです。

冗談交じりに言った一言の積み重ねが、友人に

どれだけつらい思いをさせていたのか。

彼の真意を知りながらも

真意を知っているからこそ

ひねくれものの僕は、自分の正当性を守るため

彼に向かって更に暴言を吐きました。

お前みたいなヤツは友達じゃ無い!!死ねよ!!

その瞬間です

彼の顔を覗き見るよりも先に、先生の平手が僕の

顔面を捉えていました・・・・

勿論、大人が殴った一発の衝撃。

いすから転げ落ちる僕は何がおきたか良く分からず

おぼろげながらに周りを見ると、

先生が泣きながら叫んでいました。

「言っていい事と悪いことがあるよアンタ!!

 死ねとは何事ね!!アンタが、そんな腐った根性を

 しとったとは先生知らんかったよ」

多分、こんな内容だったと思います。

しかし、叩かれた痛みと驚きで頭が真っ白でした。

友人も泣いています。

先生も泣いています。

僕は何がどうなっているのか良く分からず、

どうしていいかも分からず、連られるように泣いていました。

その後、今日はもう帰りなさいという先生の言葉に促され

少年野球をしていた僕もその日ばかりはまっすぐ家に帰り、

何をしていたのかよく覚えてもいません。

次の日、学校に行くと先生はもう教室に来ていました。

朝礼のとき先生が言います。

「今日は授業をやめて先生から話があります」

そう言って、昨日の出来事を包み隠さず話す先生。

すでに友人は泣いています。

僕も恥ずかしさと理由は分かりませんが

うつぶせになって泣いていました。

先生の淡々と話す言葉を聴き、考えてみると

誰の目にも悪いのが僕なのは明らかです。

だって、自分の正当性を主張するために放った言葉。

そのために、悲しむ彼を更に深い悲しみのどん底に

追いやってしまったのです。

しかし先生は、それをけなすでも否定するでもなく

皆に語りかけます。

気づかずに他人を傷つけること

いや、気づきながらも暴言を繰り返すこと

でも、大切なのは、それを知ったときに

どうするのかだと先生は語ります・・・

周りを見ると、他のクラスメートも泣いています。

しかし、先生の話したかったことはそれだけではありませんでした。

そのとき初めて知ったのです

死ねと吐いた僕の言葉

その言葉に先生は激怒したのです。

僕は勿論、クラスメートも知りませんでした

先生の実の弟が、高校生のときに自殺していたなどとは・・・・

とりあえず今日はここまで

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2006年4月 6日 (木)

息子を持つお母さんへ・・・・

今日はイキナリですが皆さんに質問です

こんな会があるのをご存知でしょうか?

全日本次男坊協会  略して 全次協!!

あれは10年前の出来事でした。

ご多分にもれず、10代の少年に大人気の

週間少年マガジンが好きだった僕には

お気に入りのコーナーがありました。

その名も

「ポチのへなちょこ大作戦」

ドラえもん扮するフェロも――ん

一休さん扮するファッキューさんなど

子供に大人気のキャラクターをパロディーにするという

当時としては、ある意味画期的な作品がありました。

この中に、次男坊の悲劇を謳った作品がありました。

それが全次協の始まりです。

見る見るうちに、少年少女の心をつかみ

秘密裏の内に 各地に全次協が発足し、現在でもその

活動は続いています。

まあ、活動と言っても

単に愚痴を言って、意気投合するだけなんですがね・・・・・

少年時代、全次協の僕としては

やはり活動の山はなんと言ってもこの4月です。

中学に入ったら、ちょっとハバを効かせてやろう!!

      とか

下級生に舐められないように、格好で威圧だ!!

などと考えていた僕にとって

大きな体の割りに小さな兄貴が着ていた学ラン

    とか

ちょっと寸足らずな学生ズボン

こんなものは正直・・・・万死に値します

想像してみてください

かっこいい事言ってる上級生の学ランがやけに小さかったり

ウンコ座りして、かっこつけてる先輩のズボンが短すぎて

まるで、アホの坂田のようになっている姿・・・・・

誰が敬意を払うでしょうか?

どんなに怖いヤツがやっても、いや、むしろ怖ければ

怖いほどその姿は滑稽に見えるものです。

だからこそ、春休みを挟む4月上旬は

母ちゃんとの交渉の山場なのです。

いつも言う事聞かない息子が

 自ら進んでお風呂掃除をしたり

 「母ちゃん、何か手伝おうか?」 と、

優しくなったするのです。

まあ、母ちゃんもそんな息子の心を知ってか知らずか

ここぞとばかりにコキ使います。

やれ草むしりだの、お使いだの

挙句の果てには近所のおばさんとこに

おすそ分けして、ご近所さんのポイントアップを狙ったりします。

そんな苦労の甲斐があって始めて、僕は新学期が始まる前の

日曜日にお望みの学生服を手に入れる事ができるのです。

多感な少年時代、単にかっこつけるだけでも

次男坊というのは、かくも苦労を強いられます。

だからこそ、僕は全次協代表として

世のお母さんたちにこの短歌を送ります

頼むから

   たまにで良いから

        まっさらな

おニューの匂いの

       服を着させて

こんな僕に同情してくれる人、また共感する人は

一票お願いします

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次回は教職員の不祥事が続き

尊敬できない先生が目立っている時代だからこそ

僕の少年時代の尊敬すべき人々を

紹介したいと思います。

(なんか、料理ブログにふさわしくない内容になってるな・・・・・)

       

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2006年4月 5日 (水)

切っても切れない関係

桜の花が満開の頃はいつも雨が多く

せっかくの桜がすぐ散ってしまうのでもったいない

という気がする今日この頃。

皆さんこんにちは、貧乏性の石原です。

最近、ブログをサボりがちですいません。

しかし、言い訳などはしませんよ

男の中のオトコですから

というのはどうでもいいのですが、

最近いろいろなおとり寄せサイトを見て回るのですが

なんか、正直

 見た目ばっかりで、中身がショボそう

な、気がしてなりません。

僕は何を隠そう、通販中毒なオトコでして、

チョイと前は『アブトロニック』なんかにも手を出しましたし

そのまた前は、ダンベルをわざわざ通販で買った男です。

よくよく考えれば、普通に買ったほうが安い、

という話しですが、中学生のときチョット悪そうな学生服を

通販で買って以来、ずーーーっと買い続けていたのです。

料理の世界に入ってからも、インターネットなどでいろいろ

探していたので、もうかれこれお取り寄せ歴?は

15年以上になります。

そんな僕だからこそいえます。

最近のお取り寄せとか通販は、似たり寄ったり

の商品を何とか見せ掛けだけ誤魔化そうとしたものばかり。

理由は簡単です。

自分が作ったものじゃなく、単に紹介しているだけだから

オリジナリティーも何も、ありゃーしません。

昔は違いました、正直あまり期待もしてませんでしたが

裏切られもしませんでした。むしろ、こんなに凄いのかと

びっくりする事はありましたが、ガッカリしたことは

ありませんでした。

アブトロニックなんか、友達にも大人気で僕のトコに

帰ってきたときには、使い古されて、もう原形をとどめて

いないくらい重宝したようです。

(ちなみに僕は2週間くらいしか使えませんでした。)

でも最近は、能書きばっかりで全然大した事ない。

ほんとにインチキです。

まあ、こんな時代だからしょうがないかと思います。

もう、何をするのにも自己責任なんですね。

マア、確かにメール問題で辞任した前原代表が自己責任なのも

ライブドアで株をスッタ人が自己責任なのも当然です。

むしろ、あつかましく被害者の会なんか作っていました。

アホか!!!という話しです。

しかし、最近の通販のレベルの低さ・・・・

僕の楽しい思い出と、あの頃の通販が戻ってくる日は

あるのでしょうか?

では、また

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2006年3月27日 (月)

母ちゃんの おむすび

桜の季節になりましたね。

曇り空だったのですが、つぼみばかりの桜の中に何故か

一本だけ満開になっている桜を見つけ、ついつい

撮ってしまいました。

2006326_001

何を隠そう高校時代、登山部に所属していた僕は、

登山解禁の春になるとこう叫んでいました。

『山が俺を呼んでいる!!』

もちろん、そんじょそこらの山ではありません。

標高は1000メートル以上。

道は険しく、道ならぬ道を登るような山こそが

バイオレンスな僕虜にしてやまない山と呼べるのです。

こんな僕を虜にする登山にも、やはりきっかけがありました。

あれは小学校時代。

遠足と言えば、皆決まって

『せんせーーーい。バナナはおやつに入るのですか?』

『せんせーーーい。おやつは幾らまでですか?』

などと、お決まりの台詞ばかりを言うのですが

もちろん僕は違います。

『せんせい。遭難用の非常食は必要ですか?』

なんて、おませな僕。

常に最悪の場合を想定している冷静さに先生も脱帽です。

まあ、それは嘘ですが、遠足のときに食べた

あのおにぎりの美味しさ。あれが、僕を登山の道へ

誘ったといっても過言ではありません。

空に広がる青空と、心地よい風

一人のオトコとして、山を登りきった後に食う

アルミホイルに包まれた、飾り気の無いおにぎりこそが

お金には変えることの出来ない僕の宝物でした。

あれから20年が経ち、そんな些細な感動も仕事に追われ

時間に追われているうちに、忘れてしまいます。

嬉しそうにほおばる姿を思い浮かべながら

母ちゃんが握ってくれた、おにぎり

今思えば、遠足のおにぎりの美味しさの半分は

母ちゃんの優しさの味だったのかもしれません。

昨日見た、楽しそうに遠足を楽しむ子供たちの姿が

僕の中に眠っていた食べる楽しさや

青空に包まれた自然の中で食べる素朴な

しかしいつまでも心のどこかにしまっておきたい

宝物のような思い出をふと、よみがえらせてくれました。

花見や遠足、ピクニックの季節です。

もし、出かける機会があったら、どんなに形が悪くても

構いません。手作りのおにぎりを作って出かけてください。

きっと、子供たちはコンビニのおにぎりでは

買えない、優しい思い出を作ってくれますから。

では、また

楽しい思い出に一票、おねがいします。

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2006年3月26日 (日)

さよなら・さよなら・・・さよなら

淀川長治ばりの題名ですいません

3日ぶりの更新ですが、皆さんお元気ですか?

女性に大人気ブログを書いている石原です

どうしてもブログ用のデジカメが欲しかったので

店長に頼んで買ってもらいました。

どうせ店の経費だし、高いものを・・・・・・

いやいや、性能の良いものをと思い、最新型のキャノン IXY を

買ってきました(4万円位したのは内緒です)

にしても、最近のデジカメは凄い事になってます。

あまりの凄さに、ついつい口ずさんでしまうくらいです。

  簡単綺麗で取りやすい

     小さくスムーズコンパクト

        あんまり取るのに夢中になって

                ブログを書くのを忘れてた

        最後にオチがつくのはご愛嬌です。

ところで最近は引越しシーズンで、週末になるとあちこちで

そういった光景を目にしますが、僕も昨日デジカメ片手に

送別会に参加してきました。

以前修行していた店のアルバイトの女の子が

東京の専門学校に行くというので最後の挨拶にいってきました。

元々は、学費を稼ぐためにアルバイトで入ったのですが

最近の若いやつにしては、骨のある子で

わがままで東京に行くのだから、親には迷惑はかけられないと

2年間毎日頑張って学費をためていました。

あるときは 風邪を引いているのを隠して笑顔で接客し

またあるときは、一生懸命がゆえに言い合いになる事も

そんな彼女だからこそ、別れはヤッパリ寂しいものです。

まだまだ頼りない20歳の女の子。わが子を送り出す

親の心境ではありませんが、やはり心配にもなります。

『ひとりで生活できるかな?』

     『東京で友達できるかな?』

そんな僕らの心配をよそに、彼女の顔は期待に満ちています。

東京に行ったら、あれ買って、これ買ってと引っ越した後の家の

小道具を買うのが楽しみだという彼女。

どうせ最後だからと、東京に行く気合いを体で表現して

もらおうと、景気づけに彼女の大好きな猪木の掛け声で

閉めることにしました。

『よおし、いくぞーーー』

『イーーーチ』

『ニーーーィ

『サーーーン』

『ダァァァァ!!!!!!!』

Photo_4

あなたなら大丈夫ですよ

   心配した僕が馬鹿でした・・・・・

東京でも頑張ってね。2年間有難う。

皆さんも、ご一緒に気合をクリックで表現してみてください。

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では、また

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2006年3月20日 (月)

菜の花と海に散った若者達

今年の桜の開花宣言が3月22日ごろと発表になりました。

北海道では4月上旬ごろのようですが、実はこの桜、

バラ科の植物だったってご存知でしたか?

春はそのほかにも色んな花が咲きますが、

僕はと言うと、菜の花が好きなんです。

意外に地味だな、と思った方も多いでしょうが

それにはちょっとした理由があります。

皆さんは、鹿児島県の西南部にある『知覧』と言う町を

知っていますか?

町の名前だけで気付いた方も多いと思いますが、

知覧は1945年の太平洋戦争末期の特攻隊の

基地があったことで有名な町です。

3年前の事でした。

九州男児のみならず日本人として、

一度は行ってみたいと思っていた

知覧の特攻平和記念館に行くことが出来ました。

あの時代に生きた若者達がどんな気持ちで

人生の最後に臨み、何を考えたのか知りたかったのです。

血判が押された遺書や丁寧にしたためられた遺書。

一人で死ぬのは恐いと、正直に本心をつづりながらも

恋人や家族を想い、自分を鼓舞する姿が垣間見えました。

そこで一番印象に残ってるのは、当時の青年の知的水準

の高さと字の美しさから読み取れる精神力の強さでした。

もうすぐ死ぬと言う、今の僕から見たら極限状態にある

にもかかわらず、遺書にしたためられた文章を見る限り、

それを微塵も感じさせず、むしろ知性の高ささえ

うかがわせるほどの文章力には言葉も有りませんでした。

育った環境、正しさの価値観、美に対する感性

どれも今の僕らとは違うだろうけれど、一人の

男として、どう有るべきかを教わったような気がしました。

帰り道、高倉健さんが映画のロケで訪れたところに行くと

見渡す限りの菜の花が辺り一面に咲き誇っていました。

そこを眺めたとき、彼らが命がけで守ろうとしたものが

なんだったのか、少し分かった様な気がしました。

春になり、菜の花を見るたびに、知覧で見たあの光景と

特攻で海に散った若者の事を考えてしまいます。

皆さんも、一度は知覧へ行って彼らの想いに触れてみては

いかがでしょうか?

一日ワンクリック、ご協力お願いします。

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2006年3月18日 (土)

野菜の花

今日、久々に知り合いの農家さんを尋ねたら

紫蘇の花が咲いていました。

051014hoziso_thumb

料理のあしらいなどではよく見る花で、

通称 花穂紫蘇と呼んでいますが、皆さんは野菜の花

どれくらい見たことがありますか?

きゅうりの花や、イチゴの花、ほうれん草や白菜の花

どれも実際に食べる野菜に咲くもので、

成長過程の初期に実を結ぶことが多いみたいです。

観賞用の花のように大きくなる事も派手さも無い

けれど、普段食べている野菜にもこんな綺麗な花が

咲くのかと、少し嬉しい気分にさせてくれます。

せっかくなので、俳句でも詠んでみます 

その名も

  イッシー心の俳句

(ちびまるこちゃんの爺ちゃんの真似)

  

  花の香で 

    食い気に走る

         僕の鼻

・・・・・・ダメです

   僕には文才がありません

       情緒もクソも有りません

こんな僕に皆さん、愛の手を差し伸べてください

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2006年3月13日 (月)

情熱大陸 最高!!

みなさんこんにちは

日曜日はいかがお過ごしでしたか?

まずは今日の調子を見るために

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日曜日といえば、僕にとっては欠かす事の

出来ないものがあります。

それは、夜11時からの情熱大陸と世界遺産です。

この時間だけは、雨が降ろうと矢が降ろうと、絶対に

テレビの前から離れません。

「何だ、テレビかよ!!」と思った方

 残念です。僕はがっかりです。あの番組のパッション

を感じられないなんて・・・・・

「お、いい趣味してるじゃないか!!」と思った方

 最高です。アナタとは、気が合いそうです。

 僕と友達になってください。

一緒に情熱大陸と世界遺産について、杯を交わしながら

語り合おうではありませんか!!

(あ、すいません。チョット取り乱してしまいました。)

いつもながら話がそれたので本題に戻ります。

今日の情熱大陸は世界の王監督の話でした。

幾多の逆境をくぐりぬけ、世界の王といわれる人の

パッションを感じました。

 その仲でもひときわ僕の気を引いたのが

王監督の最後の台詞。

「日本代表の監督という立場に身を置いて

 喜怒哀楽出せて、胸ときめかせて

 これこそが僕の一番のエネルギーですね。」

という言葉。重圧を感じるよりも、野球を心から

楽しみ、一球一球にハラハラドキドキ胸ときめか

せる少年のような心があるのが王さんのすごい

ところだよなあ、と正直に思いました。

僕も、このブログや仕事を通じ、たくさんのトキメキや

驚きをもらいました。それこそが僕のエネルギーの

源だし、初めて見る食材や料理の事を知るたびに

次はどんなすごい食材や料理と出会えるのだろうと

毎日楽しみにしています。

たまには嫌な事やつらい事も有るけど、ふと振り返った

時に笑顔で思い出を語れる僕は、とても幸せ者なのかも

知れません。

皆さんもパッションに満ちた情熱大陸で一週間を

振り返ってみてはいかがでしょうか?

今日はとても良い話しが出来たので御飯を

とても美味しく食べれそうな石原でした。

では、またあした

(え?一日何食食べるのかって?そんなのは

 食いたいときに食うのが鉄則です。まあ、3食プラス

 3時のおやつとつまみ食い。晩酌セットに・・・・

 食べるのも仕事の内だと思ってください。)

 

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2006年3月12日 (日)

白い恋人

皆さん、こんばんは

自動販売機といえば

中学生の頃、つり銭の受け取り口に手を突っ込みまくり、

落ちているお金が無いか探していた広報の石原です。

(地元ではこれを貧乏商人と呼び、ある尊敬すら集めていました。)

さて、3月14日のホワイトデー直前になってきました。

バレンタインにチョコをもらえた人には、悩ましい時期

です。

ある女性雑誌では、ホワイトデーはバレンタインの3倍

返しを望むという、無理な理屈がまかり通っているよう

ですが、世の男性諸君にとっては非常にありがた迷惑

な話です。

かくいう僕も義理ながら、チョコレートをもらった身の上。

女性の食い物に対する恨みは相当なものらしいので、

何が良いか直接各人に聞いてみました。

一位  ヴィトンの財布

二位  かっこいい彼氏

三位  現金

「はい~?なんば良いよっとですか~。(武田鉄也風)」

図々しいにも程がある。200円くらいのチョコレートで、

こんな大それた事をよくも言えたものだ・・・・・・・・・・・・・

「おととい来やがれ!!」

と言いたかったのですが、そんな勇気も無い僕は

仕方無しに「一生懸命探しました」と言うのが伝わる

ように色んなところを調べた結果

この二つに絞りました。

北海道の「白い恋人」  

     VS  

鹿児島は薩摩蒸気屋「かすたどん」

どちらも値段は高くないのですが、全国的に有名な

ご当地お菓子。悩みに悩んだのですが、かすたどんは

最近食べたので。個人的に食べたかった、「白い恋人」

をお取り寄せして、送る事に決めました。

(薩摩蒸気屋さんすいません。もしこのブログ見てたら言ってください。

 ついでに、無料でプレゼントしてください^^)

昨日頼んだので、14日に間に合えばいいのですが、

もし間に合わなかったら・・・・・・・・・

皆さんも、ホワイトデーのお返しの準備は

 早めにはじめて下さいね。

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2006年3月11日 (土)

どこまで増えるのか?

題名を見て、ピンと来たアナタ

かなりの宗右衛門通信病ですね。

そう、これは

広報担当の石原君の体重の事ではありません

コンビニエンスストアのことです。

本当にどこまで増えるんだ、と思いませんか?

次から次に、出て来る出て来る。もう、要らないだろうと

言いたいのですが、その気配すらないですね。

ところでこのコンビニ。海外ではどうなのでしょう?

私が一番長く滞在していたウィーンにはコンビニなんか

一つもありません。そもそも自動販売機が数えるほど

しかないのです。

何故でしょう?

必要もないし、電気代掛かるし、見た目も悪いから

だと言ってました。ジュースも、タバコも自販機ありません。

それならどこで買うのか?

スーパーです。しかも、土日は休みで、夜8時までしか

開いてません。土日休みですよ皆さん!!

今考えればよくそんな環境で生活できたな、と思いますが

実際向こうに住んでる時はそれが当たりまえで、不便だとも

思いませんでした。

少し調べると、ヨーロッパにもコンビニは有り、イギリス

ドイツを中心にこれからも広がっていくそうですが

日本に比べて根付きにくいみたいです。

大きな問題は、ごみに関するもの。

ヨーロッパの環境に対する意識は相当高いものがあり

日本人とは次元が違うようです。

そもそも日本人は、ごみを出すのが好きな民族と

言われてますし、ごみに対するモラルは

いわずもがな 富士山のごみが有名な例でしょう。

日本、韓国、中国人が世界で最もごみに対する

モラルが無い、と以前テレビで見た記憶があります。

ここまで来ると民族性なのか?とも言いたいところ

ですが、ごみに民族性も何も無いでしょう。単に

個人個人が意識できるかどうかですね。

話を戻しましょう

そうそう、ウィーンにコンビニが無いと言う話しでした。

もちろん、仕事や余暇に対する考え方が根本的に

違うのはいうまでも無く、向こうは随分ゆったりと

しています。

休みの日には、公園で家族と遊び、夜も早く家に帰り

家族団らん。外食も稀で、家族のつながりを、とても

大事にする昔の日本みたいなかんじです。

かといって、遅れているかといえば、そうではなく

向こうの人に言わせると、日本はなんか無理して

近代化してるみたいといいます。

まるで、アメリカの実験台になるかのごとく(ちなみに、

オーストリア人はアメリカが好きではありません)走って来た

この50年間を、哀れみさえ持って見ていたそうです。

経済大国と呼ばれ、世界的にも裕福な日本。

でも、いったん客観的に見れば、それは作られた

現代社会の実像なのかもしれません。

今日は、社会問題に鋭いメスを入れた つもり の店長でした

皆さんのおかげで

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2006年3月10日 (金)

未来の料理人へ・・・

このブログを見る人は、料理に興味のある人ばかりです

もちろんプロ、素人問わず色んな人が見てくれています

今日は、将来料理人になりたい人への私個人の意見です

ひとくちに料理人といってもいろいろな形があります。

料理職人、オーナーシェフ、フードコーディネーター、料理評論家

病院の栄養士、学校給食の調理人・・・・

その中でも、店やホテルで働くいわゆる料理職人を目指す人

への参考になってくれれば幸いです。

和食、洋食、中華、エスニック    ジャンルは問いませんし

超高級料亭から居酒屋まで何処でも構わないと思います。

せっかく何かのきっかけで料理人になるのなら、

見据える目線は、常に高く  常に妥協せず  

 常に貪欲であって欲しいと願います

料理の世界は、縦社会です。

最近ではそうでもない話も聞きますが、それは単に

昔のような超縦社会では働く人がいなくなってしまう

為で、昔のやり方が悪いということじゃありません。

昔の職人世界はこうでした。

料理を教えてくれるということは絶対にありません

先輩が使った鍋の底を舐め、皿洗いをしながら横目で

チラチラ覗き見をし、先輩が帰ったあとに、こっそりレシピ

を自分のノートに書き写す。(ただし、見つかれば殴られます)

そんな新入り君にとって、お昼のまかないは絶好の見せ場。

料理をする手にも気持ちが入りますが、

たいていは怒られるか、捨てられる。

ひどいときには、作った料理を一瞥して、外食に出かける

・・・など、まるでいじめ同然でした。

私は、どちらの環境も見ていますので分かりますが、

どちらの環境にも良いものがあります。

前者は教えてくれない分、自分で本質を盗もうとしますので

やった分だけ体が覚えますし、物の見方を知ります。

何よりも、精神的な強さを手に入れます。

ただし、時間は掛かります。

俗に言う  飯炊き三年  シャリ八年    です。

後者は、技術は簡単に手に入りますが、簡単に教えて

貰えるため料理を単なるレシピと勘違いしてしまい、

本質を見抜く目が養われません。

ただ、どちらにもいえるのは

      自分で自分を追い込めるかどうか   です。

自分を追い込むというと、一見ネガティブにも感じますが

見据えている目線が高ければ高いほど、ポジティブな

ものに変わります。

これぐらいで満足できるか!!もっと上を目指すんだ!!

自分がモタモタしている間にも、他の奴はもっと上手くなってる

絶対に負けねえぞ!!

これくらいの気持ちがある人は、必ずその先に何かを見て

います。単に料理を作るだけでなく、今は見えなくても、

何かを探して一生懸命になっています。

料理は愛だという人もいますし

  料理は自分自身だという人もいます

 

これから料理を目指す人も、今道半ばの人も

そして私自身にも言い聞かせたい言葉です

 料理とは、先人の後を追わず

       先人の求めたるところを追うものだ   と。

今日は、チョットカッコ良くまとめたつもりの店長がお送りしました

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2006年3月 5日 (日)

面接

今日はとても楽しい出会いがありました。

新年度の従業員を面接していたときの事でした。

その子は、16歳の女の子だったのですが

面接に来て、挨拶も早々にこんな事を言うのです。

女の子「私は16歳で夜間の高校に通っているのですが

     雇っていただけるのでしょうか?」

私   「何故そんなことを聞くの?」

女の子「先日面接をしたところでは、私が夜間の高校

     に通っていると言う話しをしたら、面接官の人が

     ”夜間高校じゃチョットね~” と言われました。

     夜間の高校に通っているだけで、何故そんな目で

     見られるのでしょうか?私はとても悔しかったです」

     彼女の言葉は続きます

女の子「私は将来、料理を勉強して飲食店の経営を

     したいと思っています。一生懸命頑張ります。

     アルバイトでも構わないので雇っていただけ

     ますか?」

彼女の目の力強さ、背筋を伸ばし、はっきりと言い切る

言葉に惹かれ、嬉しくなった私は面接をしている事を忘れ、

1時間近く話し込んでいました。

家族の事や、将来のこと、友達のこと、料理の世界に

興味を持った事などとても楽しい話でした。

もちろん結果は採用です。理由など要りません。

実際には、学校に行きながらなので、時間的制約

は有るものの、まだ16歳。

じっくり、ゆっくり、一つづつ、夢が目標に変わり、

目標がまた新しい出発点に変わるまで、同じ

仲間として一緒にやって行きたいと思います。

最近の若者はハングリー精神が足りない

と言う言葉を良く耳にします。

相撲の世界にしても、ボクシングの世界にしても

日本人選手の活躍が目立たなかったりすると

よく言われることです。

しかし今日の出会いは、どんな時代でもハングリー

精神を持った人間がいる事を証明してくれました。

まだまだ世間知らずな若造だった私を育ててくれた

人たちがいたように、今度は私がその子を育てて

いきたいと思っています。

10年後、彼女の夢が単なる夢で終わらないように

少しづつ歩を進めていきたいと思う今日この頃です。

 

では、また     

今日は文章から知性を感じさせる店長が担当しました

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2006年3月 1日 (水)

美しい記憶 2

 ウィーン滞在3日目

泊まっていたホイリゲで目を覚ました私は、

その日時間に余裕があったので折角だからと、

ワインの作り方やワイン畑を見せてもらい、果ては

ソーセージの作り方まで教えてもらっていました。

夕食までご馳走になって、ソロソロ帰ろうかとする私を

ホイリゲの夫婦は、あと一つ見せたいものがあるから

待てと引き止めます。

夜10時過ぎ、日が沈みそうになった頃、その夫婦は

先ほどのワイン畑の丘のてっぺんまで私を連れて行きます。

果て?今度は何だろうと、その頂上まで辿り着いた瞬間

私の目の前に、これまで見た事がないような美しい光景が

広がっていました。

眼下には見渡す限りのワイン畑と

その奥には彩やかな光を放ちながら沈み行く太陽

丘の上にはゆっくりと流れる心地よい風

まるで、映画のワンシーンを見ているような

とても不思議な気持ちになりました。

日本では味わえない光景にしばし見とれていた私に

ホイリゲの主人が、こんな説明をしてくれます。

主人 「これまでたくさんのワインや料理をこれまで30年以上

    作ってきたけど、どんなに良い料理を作っても、

    この景色に勝るものは無いね。」

 そういって、にこやかな笑顔を僕に向けてくれました。

あれから10年以上たった今

私が料理を作るときに常にイメージしているのは、

料理の出来栄えもさることながら、あのウィーンで味わった

      心地よい空気の色

これから先、あの感動にまさる思い出を作れるかは

分からないし、また私自身あの感動が味わえるか

どうかもわからないけど、もう一度味わいたい

でも、そっと心にしまっておきたい美しい思い出です。

では、また

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2006年2月28日 (火)

美しい記憶

皆様、ご無沙汰しています。店長の川﨑です。

最近、広報の石原が有りもしない話をしているようですが、

面白おかしく話そうとする彼の努力に、どうぞお付き合い下さい。

今日は前回の題名「記憶」について、ふと思い出した

宗右衛門通信にふさわしいエピソードがありますので、

今日はそれをお話したいと思います。

あれはまだ、私が料理の世界に入って間もないときの事でした。

皆様は、オーストリアのウィーンと聞いて何を想像されますか?

ウィーンフィルハーモニーやウィーン少年合唱団、果ては

ベートーベンなど、音楽の町、観光の町としての認識が強いと

思います。私も、そんなイメージしかありませんでしたが、

中学時代の親友がウィーンで音楽活動をやっていて

現地で結婚すると言うので、その結婚式に行って来ました。

季節は夏、緯度が高いとはいえ意外に暖かく、しかし

乾燥しているため、過ごしやすかったのを覚えています。

オーストリアはキリスト教が主宗教でしたので、結婚式も

バロック時代の古い教会で行われました。

美しいステンドグラスに、音楽仲間が奏でるオーケストラ。

ゆっくりと流れる時間の中で過ごすひと時。

言葉はわからなかったけれど、嬉しそうに壇上に立つ

彼の顔を見ていると、とても羨ましくなったのを

覚えています。

結婚式が終わり、ホイリゲと言うウィーンならではの

レストランへ。ここは、1年未満の若い手作りワインが

飲めるところで、屋外に机を並べて皆でワイワイ賑わいます。

かくいう私も、羽目を外して現地の人たちと片言の英語で

楽しく話していました。日照時間が長いため、夜10時を

過ぎても明るく、時間が経つのを忘れてしまいます。

その店は、新婦の従兄弟が経営する店でしたので、酔って

帰れないなら泊まって行けと勧めてくれます。どうせウィーンに

来たのならと、郷に入っては郷に従う事にしました。

       つづく・・・・

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2006年2月24日 (金)

記録と記憶

 任天堂が発売したゲームソフト

「もっと脳を鍛える大人のDSトレーニング」

の販売数が、1ヶ月で百万本を超えたそうです。

僕も発売早々に買った一人で、仕事の後

夜ごとビール片手に格闘していました。

ご存じない方に、簡単に説明しますと

そもそも、このゲームは音読の効果を唱える

川島隆太・東北大学教授の監修で、計算や漢字の

問題を解いていくと「脳年齢」が表示される仕組みに

なっていて、例えば、二分間でどれだけの数字を記憶

できるか、簡単な足し算、引き算に何分掛かるかなど

によって脳年齢が判定される様になってます。

最初は楽しくやってたものの、暫くすると飽きてきた

ので、他の人はどうなのか見てみることにしました。

       

              

 もちろん、我が宗右衛門の店長にもやってもらいましたが、

気になる結果は  「かなり疲れていますね・・・・・・」  

年齢にすると、あまり大きな声では言えませんが

      ・・・・・・・(70代でした)

チラッと、顔を覗くと、不満そうな顔で

「ゲーム機の扱いに慣れてないからなー」

などと、逃げの台詞を。

「え~~~、そうかな・・・・」と、言いかけて

「僕も最初は、そうでしたよ。」と、すかさずフォロー。

じゃあ、持って帰って鍛えてくるから貸しといて、

と有無を言わさず取り上げられてしまいました。

次の日、朝会うなり

店長 「30代まで行ったぞ!!」

僕  「うわー、たった一日ですごいですねー。

     僕なんか結構掛かりましたよー。」

    (ちなみに僕は初めてやったとき、既に20代でした。)

店長  「まあ、俺に掛かればこんなもん子供のおもちゃよ」

     と、嬉し顔。そして

店長 「お前はどれぐらいだったの?」

僕  「ギク・・・・」  

   とりあえずはぐらかす為に

僕  「幾つだったかなあ?」と、とぼけます。

しかし、このゲーム。メモリー機能がついているため

自分のこれまでのゲーム結果が残っているのです。

しばしの沈黙の後、嘘はつけないなと思い、正直に

話す事に・・・・・

もちろん結果は  

 「もう、こんなゲームはツマラナイから返す」

とのことでした。

皆さんは、どんな記録、ならぬ どんな記憶をお持ちですか?

私達、宗右衛門は皆様の「美味しい記憶」のために

日々精進しています。

(意外に上手に、オチをまとめる事が出来ました)

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2006年2月13日 (月)

ほろ苦い思い出

 明日はバレンタインデーですね。

男はいくつになっても少年の心を忘れないとは

よく言ったもので、私も何故かバレンタインになるとそわそわ

してしまいます。

そもそも、バレンタインデーとは誰が作ったのでしょうか?

チョット調べてみました。

その名も、日本チョコレート・ココア協会

http://www.chocolate-cocoa.com/

うーん。意外に奥が深いですね。私はてっきり

お菓子やさんが何となく作った日なのかと思ってました。

ところで皆さんはバレンタインにどんな思い出がありますか?

私にも実はほろ苦い思い出があります。

あれは、中学生のときでした。当時野球のクラブチームに

入っていた私は放課後、もらえるはずも無いチョコをいつ

までも待つような軟弱な輩ではなかったので、いつも通り

そそくさと、でもチョット寂しく学校を後にして野球に行く

はずでした・・・・・

しかし

そんな私にもチョコレートをくれるという人がいたのです。

その子は一学年下のバスケット部の女の子で、

恥ずかしそうに渡すしぐさを見て一瞬ドキッとした私でしたが、

実は初対面だったもので、当時の私にはどうして良いか

わからず、友達が向こうから見ていたせいもあり

押し黙っていました

    ・

    ・

    ・

沈黙の後、彼女は「これ・・・」とだけ言い残して

去っていきました。

今思えば、何故気の利いた言葉の一つも言えなかった

のだろうとか、有難うくらい言えばよかったと思いますが、

あまのじゃくな私には出来ませんでした。

その後、たまに学校ですれ違う事はありましたが、

結局何も話せずじまいでした。

「ありがとう」

意外に難しい言葉ですね。では、また

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2006年2月 5日 (日)

アンパンマン

 明日2月6日は何の日だかご存知ですか?

実は、アニメのアンパンマンの誕生日なのです。これは

著者の「やなせたかし」氏の誕生日から取ったらしいのですが

PHP出版の短編童話集「こどもの絵本」の1968年10月号

に初めてアンパンマンは登場しました。

この第一作のアンパンマンは現在のアンパンマンとは

まるで違い、人型で大きなおなかをしていて、腹を空かせて

いる人を見ると、現在のように顔のアンパンをちぎって食べ

させるのではなく、おなかの中からアンパンを取り出して食べ

させるという設定でした。

アニメは1988年から始まっています。第一作が出てから20

年近くたって始まったというのも異色ですが、それから18年

アニメが続いていてこちらも長寿番組になってきました。

 アンパンマンのそもそものイメージは戦中や戦後

まもない頃、たくさんいたおなかを空かせた子供達を救う

ヒーローというものだったそうです。しかし高度経済成長

の結果、欠食児童などという言葉もほとんど死語となり、

そのためバイキンマンという平和を乱す存在を作らざる

を得なくなったのだといいます。

実は同作品にはお金が登場しません。

利益を得るためではなく食べてもらいたいからパンを作る。

「何かをしてあげたい」という純粋な気持ちが

時代を超えて愛される理由なのかもしれません。

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2006年1月24日 (火)

ふと思ったこと・・2

 私達が築きあげてきた文化の中でも、とりわけ日本食の文化

というのは随分古い歴史の中から成り立っています。

和食に代表される懐石料理が確立し始めたのが室町時代。

当時は、都のあった京都に若狭湾で取れたものを2日掛けて

運んだといわれています。今では考えられないことですが、

そこで工夫が生まれました。

時間がかかっても、食材が悪くならないように醤油に漬けてみ

たり、味噌に漬けてみたり。事前に下ごしらえをした状態で運ん

だり・・・、冷蔵庫の無い当時のことですから保存方法にも

一工夫ありました。今の懐石料理や和食を敷居が高く、随分

手間暇掛けて作ってあると思ってらっしゃるでしょうが、面倒

くさそうに見える和食も元をたどれば、そうせざるをえない

事情があったということです。

 今でこそ、取れたての秋刀魚を炭火で焼いてみたり、

新鮮な魚を刺身にしてみたり、一方では冷凍食品や出来合いの

お弁当なども増えて、わざわざ手を掛けなくても美味しいものが

随分多くなりました。

 これから先の50年。食の世界はどのように変化を続ける

のでしょうか?最近ではオーガニック食品や原産地呼称

制度も見直され、牛なども個体番号で生産者までわかるように

なりました。技術ももちろん進化するだろうから、そういう意味

ではもっと便利になっていくのでしょう。

 個人的には、数少ない本当に良いものが、正当な評価を

される時代になると思っています。 

 

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2006年1月22日 (日)

ふと思ったこと・・

 いま、巷ではライブドアショックが取り立たされています。ネット

を生業とするものとして少なからず興味を持って見ていますが、

一体どうなるのでしょうか。

 私はこのサイトを含め、人間生活を営む上で欠かせない

食の部分に携わっています。食の世界もこの50年間でネット

同様随分な様変わりをしました。

その一番の要因は流通革命でしょう。

北海道で取れた魚が、次の日には九州の料理屋さんで出される

時代です。もちろん国内外を問わずさまざまな国の食材がリアル

タイムで楽しめるようになりました。たとえば生のフォアグラが

空輸されたり、タスマニアのオイスターが次の日にはお店で出さ

れるようになりました。もちろんその恩恵は計り知れないものが

あり、おかげで我々も世界中の料理を食べることが出来るように

なり、また知ることが出来るようになりました。

しかし、その反面、余りに数多い情報量に右往左往して、

大半の日本人が間違った認識をしてしまっているのではないか

と思えてなりません。

 料理の世界にもその風潮は顕著にあらわれています。

 長くなりそうなので、続きはまた・・・・・

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2006年1月 6日 (金)

明けましておめでとうございます

 皆さん、明けましておめでとうございます。

今年もより多くの食材を全国から探し出し、皆様にご紹介したい

と思っています。

お正月も6日を過ぎ、明日は七草粥の日です。

せり、なずな、すずな、すずしろ、ごぎょう、はこべ、ほとけのざ

ぱっと見は、単なる雑草にしか見えませんが一年間の無病息災

を願うとともに、正月で飲みすぎて胃が疲れた人にはちょうど

いい料理ですね。

 今年は例年にない寒さで積雪記録を更新しているところも

随分多いみたいですが、そのおかげで温泉地では随分な

賑わいを見せている様です。

全国各地にさまざまな温泉地がありますが、私は何処の温泉

に行っても一日に4,5回入らないと気がすみません。もともと

はカラスの行水なのですが、根が貧乏性なのか、こと温泉に

行ったときだけは入らなきゃ損だと言わんばかりに入ってし

まいます。

 冬場は食材も豊富で、どの温泉宿もさまざまな料理を出し

てくれます。以前行った、熊本県の黒川温泉の宿は

古民家風の建物で、川魚から熊本ならではの馬刺しなど

本当に食べきれないくらいの色んな料理を出してくれて

とても満足しました。

今年も2月に温泉に行く予定ですが、さて何処に

しようかな・・・・・温泉に行くのも楽しいですけど、

色んな本をみて何処にしようか迷うのも、遠足に行く

前のようなワクワクした感じがあるので楽しいものですね。

では、また

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2005年12月30日 (金)

大晦日といえば・・・

 今年の大晦日、皆さんはどのような過ごし方をされるのでしょうか。

私は、大晦日までびっしり仕事漬けなのですが、PRIDEの吉田vs小川戦だけは

ものすごく興味があります。せっかくの一年の節目なので、どちらでも良いので

スパッとKOで決めて欲しいですね。

 さて、大晦日といえばもうひとつ大事なことが・・・・そうです、年の締めくくりに

食べる年越しそば。私は小さいときは蕎麦よりもうどんの方が好きで、年越し

蕎麦ならぬ年越しうどんを食べていたのですが、皆さんは何故そばを食べる

のか知っていますか?

「人生はそばのように細く長く生きるという意味で食べる」という説はよく聞きま

すが、そもそも年越しそばの風習が広まったのは江戸時代中頃で、実はいろ

いろな説があります。

1  定番の「細く長く」説はもちろんありますが、関西ではそばではなく、運を

   呼ぶ「うんどん(うどん)を食べて「太く長く」を願うところもあるといいます。

2  そばが切れやすいことから、1年の苦労を切り捨てようとして食べる。

3  そばは風雨でたれても日に当たるとすぐに立ち直る植物なのでそれに

    あやかってという説も。

 大晦日はお正月の準備を終え、一晩中眠らずに年神様を迎える日。

この夜に早く寝ると皺が増えるとか白髪になるという言い伝えがある地方

もあります。夕食を普通に食べて、夜食として10~11時頃に食べてもいい

し、夕食代わりに年越しそばを食べてもいいでしょう。食べ方の決まりは

ありません。かけそばでもざるそばでもOK。ただ、年を越してから食べる

のは縁起が悪いと言われるので、12時までに食べ終わること。

夜中に初詣に行くなら、食べてから出かけましょう。

 ちなみに私は、元旦は人が多いので2日に初詣に行こうと考えています。

来年が皆様にとっていい年でありますように。

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