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2006年5月30日 (火)

絶滅したもの・・・・・

今から約7500万円前

 

地球に巨大隕石が衝突し、

恐竜が絶滅したといわれています。

 

さて、この話

本当でしょうか?

 

実は、これは本当なのです。

  

最近の科学の発達は目覚ましいものが

あると言うのはどこかで聞いた様な話ですが

現在の科学技術を持ってすれば

隕石の落ちた場所、大きさ、規模まで

全て分かるそうです。

 

気になるその破壊力は

 

7600年前に衝突した隕石は

直径が10Km程度。

重量は2兆5000億トン

そしてその威力は

長崎型原子爆弾に換算して50億個分!!!

 

これだけでも甚大な破壊力であることは

容易に想像が付きますが

あまりに桁外れの破壊力過ぎて

いまいちピンと来ません。

 

これが最も分かりやすいのでは無いでしょうか?

 

クレーターの

直径は170Km以上、

発生した津波の高さは1Km以上!!

 

こんなものが大陸に直撃すれば

たまったものでは有りません。

だって、世界最高のエベレスト山ですら

すっぽり飲み込んでしまうのです。

 

どこに逃げても間違いなく

吹き飛ばされます。

 

ウィークエンドサーファーの店長に聞いてみたら

 

「1キロの波?そんなの死ぬよ。

 だってハワイのパイプラインっていう

 世界最大の波ですら6mから8mくらいだよ。

 それでも毎年プロのサーファーが

 死んでるんだ。

 そんなモン。飲み込まれたら

 コインランドリーの大型洗濯機の中に

 てんとう虫入れてるようなもんだよ。」

 

との事。

 

まあ、分かるような分からないような

説明でしたが、とにかくとてつもない

威力だと言うことは十分に分かりました。

 

しかし

 

しかしです。

 

この時の生命の絶滅は

過去の絶滅に比べて

そんなに大きなものではなかったのだそうです。

 

これまで地球上では

6回、大規模な生命の絶滅が起きています。

 

過去最大とされる5億4000万年前

     その次が4億3900万年前

          3億6700万年前

          2億5100万年前

          2億 800万年前

そして、恐竜が絶滅したとされる6500万年前。

 

過去の5回の生命の絶滅の理由は

まだ分かっていない部分も多いのですが

この、隕石の衝突は通称「衝突の冬」と呼ばれ

そんなに長い期間は続かないそうです。

 

隕石の衝突よりも衝撃が大きいものは

「ブルームの冬」と呼ばれる、超大陸の分裂に

よるものです。

古代大陸パンゲアが大陸移動によって

分裂したことは中学校の地理で習いましたが

この大陸移動は1000万年以上もの間

太陽光を遮る要素となって、甚大なる被害を

与えたそうです。

 

この、大陸移動がおきたのは2億5000万年前

 

上の表をごらん頂きたいのですが、

当てはまるところがありますね・・・・・

 

しかし、最近発表の科学誌ネイチャーによると

2億5000万年前の生物の絶滅は

隕石の衝突とされていました。

 

どちらが正しいのか分かりませんが

外的要素(隕石)よりも、内的要素(大陸分裂)

のほうが被害が大きいというのは意外でした。

 

体の傷は治っても

心の傷は治りにくい・・・・・

 

人間の体も

地球も同じように出来ているのかもしれません。

 

環境汚染が叫ばれている現代、

たまにはこんな話もいいのではないでしょうか

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次回も今回に引き続き

チョット地球について勉強してみたいと思います。

 

 

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2006年5月28日 (日)

ペリーの黒船と捕鯨禁止の謎

 

江戸幕府による鎖国を破り日本を開国させたのは、

実は・・・・・・・・・・・・・・・太平洋のクジラ漁でした。

 

ジョン万次郎も捕鯨船に助けられました。

 

18世紀~19世紀半には、アメリカ式捕鯨が盛んになります。

昔から日本近海はマッコウクジラの

良漁場として知られていました。

緯度的に全てのマッコウクジラの

回遊可能域にあたるのが理由のようです。

そのマッコウクジラを追っていた、

欧米の捕鯨船団が燃料や食料補給のために、

江戸幕府に開港を迫ったのが日本開国の

一番の理由でした。

 

つまり、日本を開国させたのは

単に燃料と食料が欲しかっただけ・・・・・・・・・

 

「何言ってんだよ!!勝海舟の活躍だよ!!」

 

と憤るロマンに満ちた勝海舟ファンの皆様には

申し訳ないのですが、現実は

ドラマではなかったのです。

言われてみれば、当時鎖国を続けていた日本に

欧米諸外国が求めるものといえば・・・・

 

それくらいだったのかもしれません。

 

ところで今、

捕鯨禁止になっている本当の理由を 

皆さんご存知ですか?

 

勿論、始まりは生存数の減少でした。

 

生存数の少ないクジラから

徐々に捕鯨禁止になっていったのです。

 
1936年~ セミクジラ、ホッキョククジラ
1948年~ コククジラ
1963年~ シロナガスクジラ
1966年~ ザトウクジラ

 
しかし、1972年の国連人間環境会議で

アメリカが突然だした「全ての商業捕鯨を

10年間禁止」提案。それが可決され

1982年商業捕鯨全面中止へとつながります。

 

1978年以降、捕獲が認められていたのは

ミンククジラだけだったのです。

 

では、1972年になぜアメリカは

こう言う提案をしたのでしょう?

 
それは、ベトナム戦争で
アメリカが行った

自然破壊に対する国際的非難を

クジラでかわすという政治的判断であったと言います。

 

科学的根拠があれば、納得できますが・・・

 

ミンククジラの捕鯨禁止については

国際捕鯨委員会の科学小委員会でさえ

科学的根拠が無いとしています。

南氷洋だけで、1970代始め:7万頭→1990年頃31万頭

 

しかしながら、絶滅が危ぶまれる

シロナガスクジラなどの回復は思わしくありません。

 

しかも、その原因の一つがミンククジラで、

ミンククジラの増加が

絶滅が危ぶまれるクジラの増加を

妨げていると言う可能性も大きいといいます。

 

それだけでは有りません。

 

7,8年前くらいから、

日本近海産の鰯の値段が

徐々に高くなったのをご存知でしょうか?

 

3年前くらいから

日本近海産の

秋刀魚の値段が上がったのを覚えていますか?

 

一因として日本近海に出没する

ミンククジラが上がっています。

 

北海道沖では

漁船が照明でサンマを集めると、

クジラがやってきて食べてしまうんだそうです。

 

日本の太平洋側だけで推定数2万5千頭。

 

以前はマイワシを食べていたのが、

マイワシが減少しているので

サンマを食べているようです。

スケトウダラを食べているとの報告もあります。

 

海洋汚染で

クジラの胃の中からビニール等の異物の発見も

多くなっていますし、

化学物質の影響も調べる必要があります。

 

しかし、アメリカでは海獣保護法(1972年)で

クジラに触ることさえ法律違反と言う事で、

実態把握のための発信機取り付けさえ

手続きが大変といいます。

 

良識ある科学者は、

このような現状では天然資源を損なわれ

逆に環境が保護できないとしています。 

 

僕は考えます。

 

本当に、放って置くのが正しいのでしょうか?

人間が、クジラの数のバランスを壊さず、

環境を汚染してない状況下では正しいのでしょうが、

これだけ乱獲をし、

環境を汚染してしまった現状下での放置は、

将来に深刻な問題を生じる可能性が充分考えられます。

 

大体、僕がこんなこと知ってるくらいですから

グリーンピースの人間も世界中の誰でも

これくらいは知っているんでしょう?

 

だったら、すぐに調査すればいいのに・・・・・

 

政治の世界の責任を・・・・・・・

 

ちなみにゴジラの名前の由来は、

ゴリラとクジラを合わせて作られたと言われています。

 

また、鯨の潮吹きは鼻孔から出す空気が、

空中で急に冷やされるため水蒸気が凝結して白く

見えるのです。決して潮を吹いているのでは、ないんです。

 

そして、鯨の祖先はカバの仲間に近い動物だったと、

最近、長い論争に決着がついたようです。

 

今日は役に立ちましたか?

役に立ったと思う方は

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2006年5月26日 (金)

北の零年

 

先日、遅ればせながら

北の零年という3時間弱の映画をビデオで見た。

 

まだ見ていない方のために

内容は割愛するが、

大まかな流れを話すと

時は明治3年。

廃藩置県が行われる直前に

現在の淡路島より

北海道移住を命ぜられた人たちの

北海道開拓の物語である。

 

未開の北海道で

環境、風土、全てが全く違うところで

一から町づくり、

いや

生きるための場所を作り始める人々。

 

勿論、家を建てる木材を自分達で調達し

稲を植える田畑を開墾するところから始まる。

 

何年しても稲が根付かず苦労する人々。

そして、そんな苦労をあざ笑うかのように

やっとの思いで根付いた稲を

イナゴに食い荒らされてしまうという

場面があった。

 

わがサイトでも

度々登場する農薬問題。

農薬の長所、短所・・・・・

それを皆さんに問いかける内容で話した。

 

そして、また考えた。

 

僕達が当時に生きる人間なら

農薬を使って食べ物が取れるのなら

迷わず農薬を使っていたのではないだろうか?

 

生きるため、

そして

もうこれ以上餓死していく

子供達を見たくないという

切なる思いで作られた農薬。

 

今でこそ、忌み嫌われる対象だが

当時の人にしてみたら

画期的な発明だったはず。

 

以前、こんな話を聞いたことがある。

 

ノーベル賞の生みの親

アルフレッドノーベルが

ダイナマイトを発明したおかげで

トンネル工事や開発に役立った。

 

けれど、

そのダイナマイトを爆弾にした人たちが

戦争で多くの人を殺した・・・・・・・・・・・

 

 

アインシュタインの頭脳を活かし

莫大なエネルギーと人類の進歩に役立った

核エネルギー

 

しかし、そのおかげで

原爆により多くの人が亡くなった。

 

これからも新たなものが発明され

そして、問題となって

きえてゆくであろう

 

そして、その時代に生きる人々は

悩み、苦しみ

解決策を見出していくのだろうか・・・・ 

 

これは、人生にもいえること

 

傷つき

痛みを知り

そして初めて学ぶ。

 

当たり前のことを

ありがたいと感じる・・・・

 

人間は一本の葦にすぎない。

自然のなかで最も弱々しい物である。

しかし彼は考える葦である。

彼を押しつぶすのに、宇宙は武装などする必要もない。

ひと吹きの風、ひとしずくの水で十分である。

しかし、たとえ宇宙が人間を押しつぶそうとしても、

彼はその押しつぶそうとする宇宙よりも尊い存在であろう。

なぜならば、

彼は自分自身が死ぬこと

そして宇宙が人間のうえに優越することを知っているが、

宇宙はそれについて何も知らないからだ。

 

それゆえ、人間の尊厳は

すべて考えることの中に存在する。

 

我々が自己を高めねばならないのは

そこにもとづいてであって、

決して埋めることができない時間や空間にではない。

 

だから我々は深く考えるよう努力しよう。

 

人生は常に1歩進んでは

1歩戻っているのかもしれない。

 

しかし、進もうとする努力

ふと立ち止まり、戻る勇気をもった人たちと

ブログを通して知り合うことが出来た。

 

僕はそんな人たちを見ると

たとえ一歩進んで一歩戻ろうとも

また、それが本人には気づいていなくとも

前に進んでいると

伝えてあげたい。

 

優しさの価値。

それは、事実と反するものなのかもしれない。

 

しかし、感謝の心を忘れないように

日々を過ごしたい。

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2006年5月24日 (水)

かるくヤバイ?  かなりヤバイ・・・・・

 

世の中には様々な恋愛感があります。

 

愛が憎しみに変わる恋愛も有れば

波乱万丈を繰り返しながらも

ハッピーエンドに終わる恋愛もあります。

 

その中でも

最も腹立たしいのが

電車でいちゃつくバカップル!!(汚い言葉ですいません)

 

その次に腹立たしいのが

映画のような美しすぎる恋愛。

 

何故あんなにも美しいのでしょうか?

単なるひがみに過ぎませんが

羨ましくなってしまします。

 

私は考えました。

 

そして、ある結論に達しました。

 

皆さんこんばんは

今日は、いつもとは内容を変えて

恋愛とは何か!!について語りたいと思います。

 

本来ならば今日は幕末期から現代に見る

食の事情などについて

語ってみようかと考えていました。

 

しかし、そんな私をあざ笑うかのような

出来事が起きてしまったのです。

先日、とあるサイトを見つけました。

 

恋愛頭脳というサイトです。

 http://hanihoh.com/love/

 

このサイト、恋愛の価値観を図ってくれるサイトで

いくつかの質問に答えるだけで

その人の恋愛感を分析してくれるというのです。

 

早速やってみました・・・・・ 

 

結果は

 総合判断  論外

 恋愛感レベル  危険(14段階中13番)

 

【恋愛観支持率】 0
【恋愛スタイル】 短期低テンション恋愛型
【印象】

頼り甲斐がないと思われています
敷居が高くてアプローチしづらそうなイメージがあります
どことなくギラついてて怖いイメージがあります
誠実そうなイメージがあります
価値観が子供っぽいという印象があります

 

 

「はい?????」

 

 

論外・・・・・しかも、危険・・・・・・・ 

 

この結果を出した人は

一体、何の恨みがあって

私の恋愛感を

論外、しかも危険などと判断するのでしょうか?

 

しばし呆然とする私に

追い討ちをするかのように

コメントとして、こう書いてありました。

 

 

恋愛観は、完全崩壊しています。

あまりに恋愛観がかけ離れているので、

喜怒哀楽を共有できませんし理解もされません。

もし、現在彼氏彼女がいるとすれば、

相手を黙らせるだけの魅力を備えていなければ

長くは続かないことでしょう。

 

相性のいい人も数が限られており、

付き合いが少なければ

この恋愛観はますます独走します。

柔軟な姿勢で広い価値観を求めましょう

 

 

ということだそうです。

 

あ、そういうことか。

つまり、理解してくれる相手さえいれば

問題ないということですね。

そもそも恋愛なんか

当人同士が良ければ、

誰がなんと言おうと良い訳で・・・・・・・ 

 

などと都合がいいように解釈をして

自分を正当化しようとしていましたが、

あまりに一方的な答えにむなしさを感じた私は

せめてもの望みを託し

早速、ウチの奥さんとの相性を見るべく

最後の賭けに出ました。

 

結果は

ジャンル 相性
人生における恋愛

男性の気合が空回りし、女性に

とって重く感じられます

社会における恋愛 ×

女性は大人ですが、男性からは

壁があるように感じられます

自己犠牲の精神 ×

男性が女性に見返りのない

愛を注ぎ、いずれ朽ち果てます

ルックス 問題なし
財力 問題なし
安定と刺激 問題なし
駆け引き 問題なし
許容と束縛 ×

男性が縛るからこそ女性が

自由を求める悪循環になります

将来への意識 問題なし

性レベルはです( 相性 73 % )

 

 つまり、気合いを入れすぎて

見返りの無い愛を注ぎ込んだ挙句

 いずれ朽ち果てる・・・・・・・

 

      しかし

将来は、問題なし!!!!!

 

もう、私は満足です。

誰に何を言われようと

結果よければ全てよし!!

 

恋愛感を話すなどと、大それた事を

言っていましたが、

私にはそんな資格はありません。

 

今日はそれに気づけただけで

満足です。では、皆さんもお試しあれ・・・・・・・

  

今日は石原君口調で店長川﨑が

お送りしましたがいかがだったでしょうか?

 

あ、それと

 

♪♪ あみだくじ あみだくじ ♪♪ 

♪♪ 引いて楽しいあみだくじー ♪♪

 

っていう歌は、サザンオールスターズの

桑田佳祐さんが作ったということを

知ってましたか?

「へぇ~~」と思った方は

いつものあれをお願いします 

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2006年5月22日 (月)

貝のオス・メスの見分けかた

貝類の美味しい季節ですね。 

 

サザエにあわび、あげまき貝にアサリなど

春から夏にかけてのこの時期は

貝類がとても美味しい季節になります。

 

また、はまぐりは夫婦愛のシンボルとも呼ばれ

二枚貝のなかでも、

蛤の貝殻は模様や大きさ形がすべて

微妙に異なり

同じ貝殻どうしでないとピッタリと合いません。

そのようなことから、夫婦愛のシンボルとされ、

結婚式の引き出物に使われたり、

雛祭りの料理に使われます。

 

ところで、貝にもオス・メスが有るのをご存知でしたか?

 

「え?」

 

と思われる方もいらっしゃるかもしれませんが

以外に皆さんも目にしたことがあるはずです。

 

例えばサザエ。

サザエそのものを見ただけでは、

見分けるのは無理です。

貝殻を割るか、

さざえの身を取り出さなければわかりません。

 

さざえの「わた」と呼ばれる

下の写真を見ればわかるのですが

殻の中に渦巻いているものがあるでしょう。

あれが「暗緑色」したのがメス

「白っぽい」のがオスなんです。

(写真は借り物です)

Sazae200412osu

 

 

 

 

 

 

  Sazae200417mesu1

 

 

 

 

 

 

 

覚えにくいという方には

こんな方法がお薦めです。

  

腹黒いのはメス。単純なのはオス。

まあ、非常に言いにくいことですが

・・・・・人間界にも当てはまることですね。

 

「いやいや、私は違うわよ」

と言っている貴女!!

 

そんな貴女こそが最も当てはまるのですよ!!

 

「いいえ!!私は絶対に違います」

 

まあ、そうおっしゃる方の気持ちが

分からないでも有りません。

 

たった、サザエ一つ見ただけで

メスが腹黒いといわれれば

それは納得も出来ないでしょう。

 

分かりました。

それでは他も見てみましょう。

 

もし、この結果が黒っぽいのがメスで

白っぽいのがオスだったら・・・・・・・・

そのときは諦めてください!!!

 

そんな貴女にうってつけなのが

高級食材のアワビ。

 

アワビはオスメス異体生物ですが、

身の色で判断する事は出来ず、

キモの色で判別しなければなりません。

この辺りは、

さっきのサザエと一緒ですね

 

そして、気になる肝の色は

オスは茶っぽい白・・・・・

そして、メスは深緑と黒を足したような色です!!  

 

さあ、どうですか!!

 

「もう、参りました。」

という方。

 

今日は、このまま続きを読まずに

帰って下さい。

 

もし、ここまで言っても信じないという貴女。

そんな貴女だけは続きを読んでください。

しかし、その時貴女は身をもって・・・・

 

おっと、口がすべるところだった。

 

まあ、良いでしょう。

続けましょう。

 

ムール貝!!

 

南はニュージーランド

西はベルギーなどの地中海沿岸で

よく取れる貝で、イタリア料理ではよく見かける食材です。

 

もし、この貝までもが同じなら・・・・・

 

その時は、

世界共通でメスは腹黒いということになります!!

 

 

では、気になる結果は・・・・・

オスは、やはり 白!!

 

そして・・・・・・・・・

メスは・・・・・・

暗赤色!!

 

 

出ました。

さあ、これでも違うといいますか?

 

あれ?

さっきまでの威勢はどこへ行ったんですか?

 

ふふふ^^

まあ、良いでしょう。

今日はあまり追い詰めないようにしましょう。

 

でも

でもね

 

最後まで読んでいる貴女!!

僕を信用せずに、

最後まで読んでしまった貴女こそが

 

最も腹黒いということを

身をもって証明しているんです!!

 

さあ、そんな腹黒い貴女!!

自己申告です。

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これで、貝類の肝の見分け方は

一生忘れることは無いはずです・・・・・・・

 

 

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2006年5月20日 (土)

家でも出来る、美味しいステーキの焼き方!!

 

皆さんはシャトーブリオンという物を

ご存知でしょうか?

 

ちなみにワインではありません。

ワインではシャトー・オー・ブリオンという

5大シャトーの中で最も歴史が古く、最も小さなシャトーで

有名な名前ですが 

さて、何でしょう?

 

これが分かった方は結構な食通ですね。

 

 

さて、気になる答えは写真でどうぞ

 Hire_1

 

 

 

 

 

 

 

そう、ヒレ肉のことなのです。

しかし、わざわざシャトーブリオンなんていう

名前がついているくらいですから

普通のヒレ肉ではありません。

 

なんと

ヒレ肉の中でも

1頭からわずか500gくらいしか取れない

ヒレ肉の中心部分のことです。 

 

まさにキング・オブ・ヒレニクです。

ちなみに写真はウチで取り扱っているヒレ肉ですが

これは、もう

ものすごい柔らかさです。

 

今日はせっかくの週末の夜なので

皆さんにもこの美味しさを味わって頂きたいと思い

実際にステーキにしている写真を使って

家庭でも出来る

美味しいヒレ肉の焼き方を

お教えしましょう。 

 

一番のポイントは火力とタイミングです。

 

まず、両面に塩・コショウを軽く振ります。

ダイショーの味塩コショウではなく

塩と胡椒でやってみましょう。

 

後は焼くだけですが、本来

プロが焼くときは

火力が強いガスコンロで厚めの鉄板を用います。

これは、一瞬で肉の旨みを閉じ込めることが出来、

かつ無駄に肉汁を出さないためなのです。

 

しかし、家庭用のガスは火力も弱く、フライパンで

焼くことがほとんどです。

 

「それならウチでは無理だわーーー」

 

という貴女!!

わが宗右衛門はそんな家庭の主婦の味方です!!

 

では早速お教えいたしましょう。

 

まず、フライパンから煙が出るくらいまで

温めます。そして、サラダ脂ではなく

牛脂を軽くフライパンに塗ります。

 

そしてフライパンの中心に肉を乗せます。Hire_2

 

 

 

 

 

 

勿論煙がもうもうと立ち込めますが

ここでひるんではいけません。

 

まずは片面を10秒~15秒程度焼きます。

そして、火を最大にしたまま

フライパンの中心から少し横の空いたスペースに

ヒレ肉をひっくり返します。

これは、フライパンの中心部の温度が

ヒレ肉を焼く事で、若干下がっているため

空いたスペースのアツアツの部分を

使うということです。

 

Hire_3

 

 

 

 

 

 

 

そして、火力が強いまま

写真くらいまで焼きます。

 

もう、これだけです。

写真ではミディアムレアに仕上げてますが

もし、ミディアムやウェルダンが好きだと言う方は

写真くらいまで焼けた後、火を一気に弱めて

上からアルミホイルをして

蒸し焼きにする感じで

中まで火を通してください。

 

そして、これが大事ですが

いくら上手に焼いても

冷めてしまっては、どんなに良い肉も

美味しくなくなります。

 

だから、良い肉を焼くときは

まず、お父さんもお爺ちゃんもお兄ちゃんもお姉ちゃんも

テーブルに正座させて

右手に箸、左手には皿を持たせて

待機させます。

 

もし、ここでグダグダいう人が居たら

ケツを蹴っ飛ばしてやります!!

 

「おりゃ~~、ゴチャゴチャ言わんで

 座らんか~~~。

 ほら、正座正座。

 ひれ肉様に対して、敬意を表せ!!」

 

と言います。

しかし、あまり調子に乗っていると

うまく焼けなかった時に

調子が悪いので

自信が無い人は

このときばかりはダイエットを中断して

まずは一人で試しに作って

こっそり食べます。

 

さあ、皆さん

百聞は一見にしかず

近くのスーパーに行って

肉屋さんに、

「あら、アナタ・・・・・・ワタシにシャトーブリオンを

 下さるかしら?オホホホホ。」

 

と言ってみましょう。

うまく焼けた人も、焼けなかった人も

参考になった方は

一日一回クリックお願いします。

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ちなみに、最近週末限定でワンセット限り

シャトーブリオンをヤフーオークションに

出品してますのでご覧になってはいかがですか?

 

今日の担当は商売上手な店長でした。

明日からはいつもの石原君に戻ります^^

ではでは 

 

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2006年5月18日 (木)

さよなら・・・のあとに

 

ゴールデンウィークが明けて

東京での仕事も落ち着いた?

というより、わざわざ広報活動で東京に

居る必要が無いと分かったので

今月いっぱいで

九州の本店に戻ることになりました。

 

と言うことで、

また、住むところを探すべく

先週、ゴールデンウィークの代休を兼ねて

久々に実家に帰りましが  

運が悪いことに、帰った日に限って

雨・・・・・

 

毎年決まってこの時期に

墓参りに行く僕にとっては

嫌がらせとしか思えません。

 

どうしてもその日しか時間が無かったので

掃除道具と一緒に

一応、線香も持って行きましたが、

 

マッチを持っていくのを忘れていました・・・・・・・

 

「はぁ」と呟き、トボトボと帰りましたよ・・・・・・。

 

家に着き、地元の新聞を読んでいると、

ちょうどその日は母の日で、

こんな記事がありました。

 

(以下、新聞より抜粋)

 

映画評論家の淀川長治さん(九八年死去)、

作家の永六輔さん(73)

イラストレーターの和田誠さん(70)

歌手のさだまさしさん・・・。

何のつながりかといえば、四人とも誕生日が同じである。

 

ある年の誕生日、永さんらは最年長の淀川さんを

食事に招待しようとした。

さぞや楽しい懇談になるはずだったが、

淀川さんが断ったために実現しなかったという。

 

その理由がなかなか味わい深い

「私は母と一緒に過ごします。

誕生日というのは、自分が祝ったり

祝われたりする日ではありません。

お母さんに感謝する日です。

母と食事するなり、いなければお墓に行くなり、

母を考えて過ごす日です」。

 

それ以来、ほかの三人も

淀川さんの言葉に従っているという・・・・・・

 

「誰が産んでやったと思っているの」

「産んでくれと頼んだ覚えはない」。

口には出さずとも、

誰もがそんなぶつかり合いを経験してきたのではないか。

 

年を重ねるにつれ、母への感謝は深まり、

素直に表せるようにもなってくるが、

淀川さんのように過ごしてきた人はまれだろう

 

きょうは「母の日」。

百貨店やスーパーは母の日商戦で盛り上がっている。

いかにもイベント化した状況には背を向けたくもなるが、

誕生日の埋め合わせをするにはいい機会である。

プレゼントはともかく、「母を考えて過ごす日」にしたい

 

 

そして、最後にこう綴ってあった。

 

 

永さんは両親を亡くした時の思い出をこう書いている。

「同じ悲しみなのに、父のときは無性に淋しく、

母のときは無性に虚しかった。

淋しいのは耐えられるが、

虚しいのは耐えられなかった」。。。。。と。。。。。。

 

 

先日の記事で

記憶というのは曖昧だからこそ

美しいと言う話をしました。

 

僕の中にある母の記憶と

淀川さんたちの過ごした母との記念日。

 

どちらが美しい記憶かといわれれば

やはり、それはどちらとも美しいと

考えてしまいます。

 

そして、どちらが羨ましいかと聞かれても

答えは同じです。

 

母と共に過ごして学んだ淀川さん

母が居なくなって母の偉大さを知った僕。

 

答えは、母は偉大なものであるということ。

何を教わったかといえば

言葉には表しにくいけど

その存在の大きさと温かさで

無言のうちに

僕を導いてくれた母の偉大さと

 

淀川さんの様に

共に過ごすことで知った

母の偉大さ。

 

すこし遅れてしまいましたが

生んでくれた母に感謝を

そして、その感謝の気持ちを教えてくれた

淀川さんに敬意を表して

今日は終わりにしたいと思います。

 

それでは皆さん

さよなら

さよなら

  

さよなら

 

あ、そういえば最近ブログの更新を

二日に1回に減らしたら、ブログランキングの

順位がガタ落ちしてしまいましたので

ついでにランキングのジャンルを

順位争いが激しいところに変えました。

 

順位は下がっても

アクセス数が増えているのが

何よりの励みです

 

最近は広報の仕事より、

梱包の仕事を手伝うのが忙しく、ついつい・・・・・・

こんなつまらない駄洒落を言う

気力しか残っていない僕を

皆さんよろしくお願いします

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2006年5月16日 (火)

最高の接客。。。その答え

 

懐かしい記憶には色があります。

 

良い思い出は明るい色

懐かしい思い出はセピア色

悲しい思い出は鉛色・・・・・・ 

 

人間の脳というのは上手く出来ているもので、

そのときの匂い、空気の色、

果てはそのときの感情まで

見事に蘇らせてくれます。

 

しかし、意外なことに

見たもの、食べたもの、感じたもの・・・

場合場合によって多少の違いはありますが

雰囲気で覚えていることがほとんどで

細部までリアルに覚えている人はいないと思います。

 

以前

「人は必要の無い記憶から忘れていくものだ」

という話を聞きました。

 

それがどんなに嬉しかろうと、悲しかろうと

今の自分を形成したものの記憶はいつまでも忘れず

不要な記憶から忘れていく・・・・・・と。

 

雰囲気で覚えていることが

幸せか不幸か・・・・・

答えはそれぞれ違うでしょうが

記憶というものは

曖昧であるからこそ

美しいのではないかと、僕は思っています。

 

さて、先日の話の続きです。

 

最高の接客とは何か?

という話でした。

 

僕が考える最高の接客

そして

他人を思いやるとはどういうことか?

 

これに対する答えは

 

「お客様の声に出されない願望を

         如何に満たしてやるか」

 

これに尽きると思います。

 

つまりこういうことです

 

例えば、あるお客様が来店されたとしましょう。

その方は女性で着物を着ておられます。

 

席に案内し

着席

少し待ってから

オーダーを取りに行きます。

まずはドリンクから、

注文は赤ワイン。

 

さあ、あなたが接客マンならどうしますか?

ちなみにお店はファミレスです。

 

最高の接客とは何か?

そこに、一流ホテルもファミレスも関係ありません。

サーヴィスマンとお客様。

その関係だけはどこも同じです。

 

さあ、どうでしょう。

その女性のお客様のために

何かしてあげられることありますか?

 

考えてみてください・・・・・・・・

 

 

 

答えは以外に簡単です。

着物が汚れないように

ワインと一緒に

ナプキンかひざ掛けを持っていってあげることです。

 

単純なことです。

言われれば、「あ、そうか」と納得してしまいます。

 

特別な配慮ではありませんし、

よほどの準備が必要でもありません。

 

しかし、お客様が

差し出されてハッと気づく気遣いや心遣いを、

お客様に言われる前に、

声に出される前に

応えてあげる。

 

これに勝る接客を僕は見たことがありません。

 

あるホテルのドアマンに至っては

常に1000円を10枚1束にして

それを10セット、内ポケットに入れて置くそうです。

 

なぜか?

 

タクシーでワンメーターの距離にある

ホテルにご来店されるお客様が

一万円札しか持たないことを想定して

両替できるようにしておくそうです。

 

タクシーの運転手さんも、

ワンメーターを大きなお金で払われるのは

気持ちのいいものではありません。

その運転手さんが嫌な思いをしないように

そして、運転手さんが不機嫌になると

お客様も気持ちの良いものではありません。

 

その、ほんの少しでも

嫌な思いをさせないように・・・・・・

自分のホテルに来店していただいたときには

良い思い出だけを残していただけるように・・・・

それを考えて、準備しておくのだそうです。

 

これは凄い事だと思います。

これこそが接客。

プロの仕事では無いでしょうか

 

たかがドアマン・・・・・・されどドアマンです。

 

僕もいつか、こんなドアマンのような

接客が出来るくらいの

サーヴィスマンになりたいと思っています 。

 

最後に、こんな話を・・・・・・・

  

場所は波打ち際、

月に照らされた明かりの下を

二人のカップルが歩いています。

 

少し肌寒くなってきたのか

隣の女性が肩をすぼめます。

すると、隣にいた男性が女性に

コートをかけてあげる・・・・・・

  

ドラマのワンシーンのような

ちょっとキザだけど

一度はやってみたいシーンです。

  

しかし僕には無理です。

 

なぜならこう考えてしまうから。

  

「寒そうなときに

そんなところを歩かせるな!!」と・・・・・

 

気遣いは確かに大切です。

しかし、気遣いが行き過ぎると

せっかく訪れる

チャンスすら逃してしまうようです。

 

結局、オチがついてしまうのね。。。。。。。。。。。。

 

ロマンチックさとは縁が無い

こんな僕に、いつものワンクリック

お願いします。

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2006年5月14日 (日)

最高の接客とは?

 

飲食店のみならず

サービス業に従事する人にとって

接客というのは、とても大事な仕事です。 

 

よく、料理と接客、どっちが大事だと思う?

 

という質問を受けますが、

正直なところ半々だと思います。

 

僕が考える料理と接客に関する認識は

 

まず、料理はおいしくて当然。接客においても、

お客様に不愉快な思いをさせないのは当たり前。

これは最低限クリアするべきところだと思っています。

 

だって、そうでしょう。

お金払って、時間を使って

良い思い出を作るためにお店に行くのです。

そして、そこには

良い料理と良い接客をするためのプロがいて

店と自分の存在を賭けて

お客様と対峙するのです。

 

美味しくないはずがありません

そして

良い気持ちにならないはずが無いのです。

 

しかしながら、最近そうでない店が

異常に多い気がするのは

僕だけでは無い気がします・・・・・

 

だからこそ、考えます。 

  

最高の料理、そして最高の接客とは何か?

 

 

世の中には色々な美味しいものがたくさんあります。

和食に限らず、フレンチやイタリアン、

SweetsにWine等など、

各分野に

それはそれは、美味しいものがたくさんあります。

 

そして、全ての料理に共通して言える

最高の料理とは何か?

 

一言で言えば

 

その料理が、どれだけ記憶に残っているのか

 

これに尽きると思います。

 

わが宗右衛門のテーマは

 

 生涯の記憶に残る美味しい食事。

 

これは、本当に良い料理というのは

舌ではなく、記憶に残るもの

だと言う経験から学んだものです。

 

どこそこで食べた、あの料理。

あの時食べた、あれ!!

 

全て、味ではなく体が覚えているものです。

 

そのために必要なものは何か?

 

それは、お客様が経験したことの無い

味に出会うことだと思います。

 

例えば、僕達が扱っている伊万里牛。

日本全国、牛を食べたことが無い人はいないでしょう。

牛と言えばどんな味がするか分かっています。

 

だからこそ、その基礎知識がある中で

経験したこと無い味を

味わっていただくには

並大抵の事では表現できません。

 

まったく口にしたこと無い料理ならまだ分かりますが、

ましてや、素材の力だけで勝負するとなれば

小細工なども全く通用しません。

  

しかし、

その状況下で

本当に経験したこと無い味に出会えたなら・・・・

 

一体どれだけの喜びを味わうことが出来るでしょうか。

 

だからこそ僕達が考える最高の料理とは

どれだけ記憶に残る料理なのか?

だと考えています。

 

さてさて、身内自慢はこのくらいで・・・

 

では、今日の本題 

最高の接客とは、何でしょうか?

 

接客は、料理と違って形が無いものです。

物で勝負する料理と違い

接客は人で勝負をします。

 

これは、料理よりも難しいことでは無いでしょうか?

 

最高の接客・・・

 

皆さん考えてみてください。

これは何も、接客業に限ったことではありません。

 

普段の生活で言えば、

相手を思いやるとはどういうことか?ということです。

恋人や夫婦の関係、医療業務に携わる人、

スポーツ選手。

全ての人に当てはまることだと思います。

  

次回、この問いに関する僕の考えを

述べたいと思います。

その前に、皆さんが考える

最高の接客、最高の思いやりとか何か?

これを考えてみて頂けたら幸いです。

 

勿論、僕の考えが全てではありません。

僕より、もっと素晴らしい意見があると思います。

 

もし、僕はこう思う!!私はこう思う!!

という意見などありましたら

それを、ここを読む皆さんにも見ていただけるように

コメント欄に書いて頂けたら嬉しいです。

 

では、考える前に・・・

いつものヤツをお願いします。

一日一回、ワンクリック^^

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おかげ様で料理ブログの16位まで上がりました。

一人でも多くの皆さんに読んでいただき

そして、一人でも多くの人が

食べることは楽しいことだと

言える様に・・・・感謝感謝!!

 

 

 

  

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2006年5月12日 (金)

韓国の奇跡

韓国を代表する料理といえばやはりキムチ

 

赤唐辛子は韓国の代表選手ですが

 

実は韓国の古い文献では「倭辛子」と書いてあります。

 

実は・・・

 

実は・・・

 

韓国の赤唐辛子は

日本からの輸入物だったとは!!!!!

 

みなさんこんばんは

きょうは久々に料理ブログらしい話です。

じゃあ、早速行ってみましょう。

 

 

唐辛子の起源ははるかに昔、

南米のネイティブの人たちによって

数世紀もの間栽培されていたそうです。

 

かつて“アヒ”と呼ばれていた唐辛子は

15世紀末、新大陸を発見した

コロンブスと共に海を渡り、

初めてヨーロッパに紹介されたとか。

 

日本への渡来説は諸説入り乱れてあり、

16世紀中頃に種子島に漂着した『南蛮渡来説』、

16世紀終り頃の朝鮮出兵から

加藤清正が持ち帰ったという『朝鮮渡来説』が有名です。

 

まあ、二つの説から

16世紀に伝わったと言うことに間違いはなさそう。 

では、何処から?ということですが

 

僕らの感覚から言えばキムチを連想する

朝鮮半島から日本のほうが自然です。

 

しかし、朝鮮半島では「日本から伝わった」

という記述が多く“倭辛子”とも呼ばれていたそうです。

 

実際にキムチの歴史など見てみると、

日本→朝鮮半島のようです。

 

肉食やキムチがどんどん進化しつつあった

韓国では日本から伝わった唐辛子が

積極的に取り入れられ、

やがて日本に逆輸入されたという説が納得できます。

 

と言うことは、ヨーロッパからダイレクトに

入ってきたと言うことで良いみたいですね。

 

では、何故唐辛子と呼ぶのでしょうか?

 

唐といえば・・・・・・・・遣唐使。

 

じゃあ、中国からじゃないの?

と言いたいところですが

中国に唐辛子が伝わったのは17世紀前半。

 

唐ではなく明の時代で、

日本への渡来の方が先だったようです。

 

では、なぜ「唐辛子」?と言う疑問ですが

 

調べました・・・・

調べましたが・・・・・

 

分かりません。。。。。。。。。。。

 

誰か教えてください。。。。。。。。。

 

ちなみに僕がすきなのはチャンジャ。

タラの内臓をキムチにしたものなのですが

これがうまい!!

塩分が結構きいていますが

塩は実はノンカロリーなんです。

 

話をそらしてしまいました・・・ごめんちゃーーい。

 

そうそう、韓国のはしはほとんど金属製です。

 

それは何故でしょうか?

3択で答えてくださいね。

正解すると、前回同様正解ページに飛びます。

 

① 毒殺されないようにするため

   (毒と金属の化学反応で見破ったという) 

② 木の資源が少なかった

③ 漆(うるし)の技術が無かったため 

   (割り箸状態だと、すぐに悪くなるからもったいない)

 

さあ、どれでしょう。

正解した人も、間違った人も

唐辛子の名前の由来をご存知の方は

宗右衛門までご一報。

よろしくお願いします。

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2006年5月11日 (木)

”もったいない”を大事にしよう

 

ゴールデンウィークが終わり

わが宗右衛門も

いつも通りの営業に戻りました。 

 

新入社員のみならず

大半の人が実家に帰っていた様で

全国各地のお土産自慢が始まります。

 

もともと九州出身者が多いのですが

福岡の 明太子

鹿児島の 薩摩蒸気屋 かすたどん

佐賀の 佐賀錦に始まり

 

北は北海道の 白い恋人

  新潟名物の 笹団子

  茨城県の  にんにくせんべい  等など

 

それこそ全国各地のみやげもの物産展が

開けそうな勢いです。

 

僕はゴールデンウィークも

東京に残り

店長と電話応対やブログの更新等を

していましたので

みんなのお土産を独り占め。

勢いよくビリビリと包装紙を破いていきます。

 

そんな様子を眺めていた店長が

そんな僕達にこんな話を始めました。

 

「昔、実家でお土産を貰うと必ず

 婆ちゃんや母ちゃんが丁寧に包装を解き、

 折り畳んでいた姿を思い出すよ。

 

 20年以上も前の出来事だけど、

 まだまだバブルすら始まってなかったからなあ。

 ウチに限らず、他所の家でもそうだった。

 当時の人たちからすれば、

 包装紙の綺麗な包み紙でさえ

 捨てることに抵抗があったみたいだね。

 

 まあ、田舎だったから単に

 記念に取っといただけなのかも知れないし

 いまは、そんなのもやって無いんだろうなあ。」

 

そういわれれば、

ウチの母ちゃんもそんなことを

やってた思い出があります。

 

包装紙ではありませんでしたが

和菓子の包んであった和紙を綺麗にたたんで

 

「これで、今度お兄ちゃんにあげる

 お菓子を包んであげるね。」

 

と言われたことを思い出しました。

 

近くの駄菓子屋のお菓子が

チョットおしゃれなお菓子に大変身。

とても喜んだ記憶があります。 

 

「いつか使える」

そういいながら

包装紙も空箱も捨て切れず、棚の中へしまい込む。

 

豊かになった今では

その「いつか」すらほとんど機会が無く

タンスならぬ棚の肥やしにしかなっていなかったけど

それでも捨てるのをためらう母ちゃんたち。

  

そういえば

母ちゃんがいつも持ってたバックは

「寿屋」の布製の買い物バックだった。

おしゃれでもなんでもなかったけど

母ちゃんがいつも持っていた思い出のバック。

 

お金はあるにこしたことはないが、

幸せの尺度はほかにもある。

紙一枚を大切にする心を捨て去っては、

本当の幸せや豊かさは

遠のいてしまう気がするのは僕だけでしょうか?

 

幸せは感じるもの

物は手に入れるもの

 

そう考える僕はきっと

お金持ちには成れないんでしょうね。

 

そんな僕と心を共に

ぼろは着てても心は錦

を目指す人は

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そういえば、後ひと月でワールドカップ

日本は一次予選通過できるのでしょうか?

個人的には、ロナウジーニョのトリックプレーが見たい。

でも、日本には頑張って欲しい。 

頑張れ日本。 

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2006年5月 9日 (火)

カップルの壮絶な死合! 2

 

席に戻ってきた男性。

 

僕達は、さも仕事をしています

と言う風に装います。

 

そもそも、この男性ですが

正直そこまで男前には見えません。

女性は結構綺麗な方では無いでしょうか。

 

だからこそ、

そのありえない展開に

僕達は固唾を呑んで見守ります。

 

それが、どんなありきたりな台詞だろうと

いや

ありきたりな台詞であればあるほど

僕達のテンションもまた天井知らずに

上がっていくのです。

 

ここで、申し上げておきますが

不倫は当然いけないことです。

しかしながら、

僕達の目の前で起きている

現実にに対して

目を背けるわけには行きません。

 

踊る大捜査線風に言えば

事件は居酒屋で起きてるんだ!!

と言うことです 

 

僕達に聞かれている自覚がないからか、

酔いが回っているせいか、

彼女はだんだんとヒートアップしていきます。

 

 

そして、ただただ黙って聞いている彼に対し

怒りを感じたのか

やるせなさを感じたのか

チョット泣き出してしまいます。

 

男性は、あたふたします。

さすがに目の前の僕らも

チラリと目が合ってしまいます。

 

副店長は

さすがにあからさまだと思ったのか

チョット場を離れます。

  

この辺りから、彼の酒のペースがいきなり上がります。

目の前の現実を避けるように

ひたすら飲んでいます。

 

少し落ち着いた彼女。

酒の力を借りながらも吐き続ける

彼女の言葉はボディーブローのように

じわりじわりと彼を追い詰めます。

 

 「あなたと付き合い始めて、逆に寂しくなった」

 とか

 「友達にも相談できないし、あなたは家族があるし、

  私は結局一人ぼっち」

 とか

 「あたしはあなたの何なの?」

 

現実は小説よりも奇なりとは

よく言った言葉ですが、

今まさに目の前で繰り広げられる愛憎劇に、

僕は始めこそ興味深々だったものの

徐々に彼女に同情をしてしまいます。

 

考えてみれば

彼女はただ純粋に彼を好きなだけなのです。

女性に非はありません。

 

 

そして、そのときはやってきました

 

 

彼女に対しポツリとつぶやく彼。

神妙な面持ちで、こういいます。 

 

男性 「すまない。

     悪いのは俺だよな。

     もう、もう・・・・・・・・・・別れ・・・」

 

   その瞬間、彼女の声が響きます。

  

彼女 「イヤ!!!!!

    絶対に別れない!!

     

一瞬の出来事でした。

そして、こんなとき

テレビで見る光景では

彼女が彼に抱きつき

「ごめんなさい、もうわがまま言わないから・・・・」

と言う台詞だったはずです。

 

そして、最終的にハッピーエンド。

ハッピーなのかどうかは別として

昼ドラならばこうあるべきでした。

 

しかし、しかしです

彼の言葉をさえぎったかと思った瞬間

 

  

  「ガツンッ!!!」

   

 

という鈍い音が響き渡りました。

彼女の右手が・・・・

硬く握り締められた拳が・・・・・

 

彼の顔面をクリーンヒットしたのです!!!

 

彼は、

 

  「おごっ!!

 

と声にならない声を漏らし

鼻を押さえながら

何が起こったんだといわんばかりに

呆然としています。

 

あっけにとられる僕達。

開いた口がふさがらないとはこのことです。

 

 

現実は、ドラマよりドラマティックです。

 

夜の世界にはじめて足を踏み入れて

三ヶ月のあの日。

僕は昼ドラと吉本新喜劇を

足して2で割った様な

この光景に酒を飲まずとも酔いしれることが出来ました。

 

一体、あの後

彼と彼女はどうなったのでしょうか?

気になるその後の関係は・・・・・・

 

① 浮気がばれて、彼女も去った

② 浮気はばれずに、彼女が去った

③ 浮気もばれずに、彼女も残った

 

さあ、どれでしょう?

正解番号をクリックするとその後の

彼らの関係が分かりますよ^^

 

では、また

 

 

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2006年5月 7日 (日)

カップルの壮絶な死合!

 

 居酒屋

 

僕が始めて料理の世界に足を踏み入れた場所。

 

初めてのアルバイト

そして、初めての夜の世界・・・

当時18歳だった僕にとっては、新鮮な場所でした。

 

アルバイトを始めて数ヶ月。

僕はカウンターの前で

店長の包丁捌きを横から眺めて、勉強しています。

 

カウンターと言えば、

料理人とお客さんとの真剣勝負の場。

 

しかし、たまにそこは

お客さんの裏側を垣間見る場所へと

変わるときがあるのです。

 

 

昔むかしのお話です。

 

 

時間は夜の10時過ぎ。

若干落ち着いた店内に、カップルと思しきお客様。


年の程は30代後半のサラリーマン風男性と

20代後半か30代前半くらいの女性。

 

はじめはどこにでもいる、普通のカップルに見えました。

 

せっかくの週末のデートを

台無しにしてはいけないと思い

あえて僕らからペチャクチャ喋りかけることはしません。

 

しかし、お酒のペースが上がるにつれて、

饒舌になって行く彼女。

傍らの彼氏は

楽しそうに微笑んでいます。

 

女性 「ねえねえ、明日は新しい車でドライブしようか?」

 

男性 「う~ん。明日は無理だよ。ごめんね。」

 

女性 「え~、先週も駄目だったでしょ。

     つまんない。海に行こうよ~」

 

男性 「いや、明日はチョット・・・・」

 

女性 「なに~?何がチョットなの?

     あ!!分かった!!

     私より子供のほうが大事なんだ。」

  

 

 

こ、こ、子供?

 

僕の耳がピクリと動きました。

横で包丁を振るう店長の手も、一瞬止まります。

 

ま、まさか?

このカップルは・・・・・・

  

 

 

うわーーー!!

大人の世界だーーーー!!

 

 

そうです。そうなのです。

18歳の僕にとっては

テレビの中での出来事でしかなかった

禁断の大人の世界が

目の前で

まさに目の前1m先で

繰り広げられようとしていたのです。

 

なぜか、にやけてしまう僕の顔。

これから繰り広げられるであろう

大人の会話に期待を募らせます。

 

横では包丁を振るう店長が、

一瞬僕をチラッと見て

「ニヤリ」とほくそ笑んでいます。

 

女性 「もういい!!いつもそうなんだから。

     子供子供って、

     すぐ都合が悪くなると

     子供って言って逃げるんだから。」

 

男性 「別に逃げてなんか無いよ。

     だから週末はこうやって一緒にいるんだろう?

     ずっと○○と一緒にいたいから

     子供の行事があるときくらい

     家族サービスもしなきゃいけないんだよ。」

 

 

うまい、上手すぎます。

まるでドラマでも見ているかの様な

素晴らしい断り文句です!!

 

僕はじっと聞き耳を立てます。

 

もう、こうなってしまえば

オーダーどころではありません。

 

しかし、しかしです。

こんな肝心なときに

ホールからヘルプがかかります。

 

店長は、意地悪な顔をして

「はよ、行け」と言います。 

 

 10分後

 

ホールを終えて、足早に厨房に戻る僕。

 

男性はトイレに行ってる様子、

事の進展は無かったらしく

ホッと一安心したのも束の間

 

なんと 

ベストポジションを

副料理長が押さえています。

意地悪な店長が

呼んだのでしょう。

 

「何だよ、仕事しろよ!!」

と言いたかったのですが、

考えてみれば、僕も同じです。

 

ええーい、こうなったら意地でも聞いてやる!!

 

そう思った僕は

店長の包丁捌きなど見えないはずの所から

ひょっこり顔だけ出します。

 

傍から見ると

おかしな光景です。

 

10m以上あるカウンターの

わずか1mくらいのところに

3人の男が寄り添うように

左を向いて

身を乗り出しているのです。

 

さあ、仕切りなおして

準備万端の僕達     

そして、男性が帰ってきます。

 

まだ3杯しか飲んでいない男性に対し

女性のほうはビール⇒ワイン⇒焼酎と、

更にヒートアップしそうな飲みっぷり。

 

試合、いや死合は

終盤に差し掛かります。

  

 

 

と言いたいところですが今日はココまで。

 

最近ランキングの順位が下がってきた

僕をチクチクと店長がいびります。

 

特に今日みたいな内容は諸刃の剣です。

結果が伴わなければ

単なる大人の世界のブログになってしまいます。

誤解なきように申し上げますが

 

わが、宗右衛門通信は

日本一のグルメサイトを目指す料理ブログです!!

 

今28位ですが、25位以上に戻ったら

続きをアップしたいと思いますので、

皆さんのご協力をお願いします!!

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2006年5月 5日 (金)

友との約束

鬼塚喜八郎さんと言う人をご存知ですか?

 

現在87歳の喜八郎さんは

今では少なくなった

戦争体験者の一人。 

 

出身は鳥取県で

旧姓は坂口だったのですが

終戦後のある出来事をきっかけに、

神戸に移り住み

姓を鬼塚に改めることになります。

 

 

終戦当時、坂口喜八郎だった彼は

復員して間もない昭和二十一年の正月、

島根県の実家で一通の手紙を受け取ります。

 

差出人は神戸の老夫婦。

 

勿論、喜八郎さんには心当たりがありました。

この老夫婦、実は戦死した戦友

鬼塚君の両親だったからです。

 

喜八郎さんは異国の戦地で

親友の鬼塚君と約束を交わしていました。

 

「もし、お前がここで死んで、

俺が生きて帰ることになったら

お前の両親の面倒を必ずみてやる」、と・・・

 

つまり、喜八郎さんに届いた手紙とは

鬼塚君の両親からの

”お願い”と言うべきものだったのです。

 

終戦まだ間もなく、その傷跡も深いころ。

どうやって生きていけばいいのか、

誰もが途方に暮れていたとき。

 

実の家族の

明日の食べ物すらなかった時代に

戦友の親を養うという馬鹿げた話。

 

 「そんなこと、できるはずがない」

 と親兄弟は猛反対。

 

しかし、喜八郎さんは

 「約束は守らないといけない」

と鳥取から神戸へ。

 

そして、自分の決心を鈍らせないために

鬼塚夫妻の養子となり

鬼塚喜八郎となりました。

 

 

鬼塚の家もけっして裕福な家ではありません。

借家暮らしの平凡な庶民の家です。

そして、年老いた両親は年金生活…。

 

会社勤めをしながら

鬼塚家での共同生活が始まりました。

給料は全部鬼塚の家に入れました。

 

それでも、喜八郎さんは

文句一つ言わず

ただひたすらに働きます

 

今では港町として栄える神戸も

当時はまだまだ未発展の地。

戦後の神戸は、

怪しげなパンパンガールや

不良少年(少女)がたむろしていた時代。

 

「この子どもたちが運動靴を履いて

 元気に野原を走り、

 笑顔を取り戻してくれたら…」

  

喜八郎さんはそんな願いを込めて

友人の、いや、今は自分の

名前を記し

「オニツカタイガー」と命名された

運動靴を作り始めます。

 

雨の日も、風の日も

来る日も来る日も

一生懸命に

作り続けます。

 

死んだ戦友との約束を守るため

 

そして、育ててくれた家族に報いるため

 

金儲けではなくみんなの希望のために

 

だからと言って、現実は

そう簡単にうまくはいきません。

資金繰りに困ったことも…。

 

しかし、夢を語る鬼塚さんの

誠意、情熱が認められ、

事業は成功したそうです。

 

当時の庶民の人たちに

現代に生きる僕達に

夢と希望を与えてくれた

鬼塚さん。

 

筋を通し

どんなつらいときも

どんな孤独なときも

常に明るく

未来のために働き続けた男の背中が

僕らに語りかけるものは何でしょうか?

  

男が吐いた言葉の重みは

覚悟の表れなのです。

 

 

鬼塚喜八郎

  

誰もが知る

世界5大スポーツ用品

メーカーの一つ

”アシックス”の創業者です。

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2006年5月 4日 (木)

50年前

 

 

「ゼニは一銭もいらん。

 

そのかわり、会社のえらか衆の、上から順々に

 

水銀母液ば飲んでもらおう。

 

上から順々に、四十二人死んでもらう。

 

奥さんがたにも飲んでもらう。

 

胎児性の生まれるように。

 

それでよか」

 

 

これは今から遡ること五十年前に、

水俣病の被害者、家族の思いを綴った

石牟礼道子さんの言葉です。

 

母なる海を

 〝死海〟にしてしまった

     戦後最大の公害、水俣病。

 

九州生まれの僕にとっては

遠く無い場所での惨劇です。

 

 

いわれなき死に見舞われた人たち。

 

生まれながらに

有機水銀という〝毒〟にむしばまれた人たち。

 

誕生日が二回も三回も、また何回きても

這(は)うことも、しゃべることもできない子どもたち

 

母の目はじっとその子を見つめている。

 

人間であることを

生まれながらに

否定された子供達。

 

その責任を

その悲しみを

誰に求めたらいいのだろう

 

求めたところで

生まれ変わることは出来ず

過去に遡ることも

後悔することすら出来ない。

 

人は言う。 

 

かわいそうだね、と。

 

まるで他人事のように。

いつ自分が被害者に、

いや

加害者になるかもしれないのに

 

感情論だけで

学ぼうとはしない。

 

僕は考える。

 

農薬まみれの野菜

インフルエンザにかかった鶏

 

そして、それらを体に悪いと分かっていても

むさぼり続ける私達。

 

50年後、

蓄積された毒で

蝕まれるのは

私達の子供の子供達。

 

私達がやるべきことは何か?

生きるとはどういうことか?

 

生きることに正解は無い。

しかし私達は

水俣病になった人たちから

学ばなければならない。

 

それは自分のためではない。

人生80年。

その後に続く未来の人々が

明るい時代を送ることが

出来るように。

 

それが私達の使命ではないだろうか。

  

 

『苦海浄土-わが水俣病』

 

この本で、石牟礼さんは

第1回大宅壮一賞の対象となったが

固辞している。

 

そして、記録ではなく

記憶に残る本として

今も読み続けられている。

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2006年5月 2日 (火)

心に問いかける話

それは釈迦が地獄を歩いている時のことだった。

地獄に落ちた人々が、釈迦に向かって口々に

「食べ物をくれ!」

と叫ぶ。

 

その言葉を聞いた釈迦は

皿の上に食べ物を山のように盛り

人々の前に置いて

こう言ったという。

 

「食べても良いが、手掴みで食べてはいけない。

        この箸を使って食べるように」

 

そう言って釈迦が差し出した箸は

重くて長い箸だった。

 

人々は釈迦が歩み去るのを待ちかねて、

箸に手を延ばし、食べ物を口に入れようとした。

ところがあまりの箸の長さに

食べ物を掴んでも食べることは出来なかった。

 

ならば箸の先っぽに近いほうを持てば 

と試みたが、今度は箸の重さで

満足に操ることもできない。

 

結局、目の前に山のような御馳走があるのに

誰もその料理を口に入れることができないのである。

 

人々が泣き叫んでいると

ある一人の老人が何事かを思いついた。

 

箸で食べ物を掴んだら

自分ではなく

目の前の人の口に入れて見たらどうか・・・と。

 

食べさせてもらった人は

もっと食べたいから、

箸で食べ物を掴み

自分の口ではなく、目の前の他人の口に入れる。

 
 
自分だけでは食べられなかった物が

人に食べさせることによって自分の口に入る。

 

人を思いやることが

結局は自分に戻ってくることにつながるのだ・・・・・・・・

 

 

  

昨日お風呂に浸かりながら、この本を読んでいた。

 

そして考えてみた。

 

極東の小さな島国に住む我々日本人。

四季に恵まれ、海に囲まれ

何不自由ない生活をしているにもかかわらず

巷には、今日も地獄さながらの批判や醜聞が

あふれている。

 

ライブドア

耐震偽装

 

テレビに映るのは、わが身かわいさに

嘘ばかりの大人たち。

 

人は何かを手に入れるために

何かを捨てなければならないと言う。

 

金を手にするために

己の心を売り物にした大人たち。

 

求める過ぎるから

捨てなければならないものが増える。

 

釈迦の説法に出てくる地獄の住人達。

一度は地獄に落ちた者達に

求められたのは

 

ふと立ち止まって考えること

 

もう一度、外から自分を眺めてみたらどうだろうか・・・

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そして、彼らにも、このブログを読む皆さんにも

読んで欲しい、僕の好きな話があります。

忘れてはならない何かを

常に僕の心に訴えかけてくれる話です。

http://www.9033700kg.com/ka_chan2nd.html

 

では、また

 

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2006年5月 1日 (月)

銀杏

最近、知り合いが国際交流のイベントに

参加したらしく、そのときの経験を話してくれた。

 

2ヶ月掛けて計画したイベントで

その下準備をし、材料を集め、広告を打ち

申し込みを募る。

 

200人近い申し込みがあり喜んでいたのも束の間

当日、会場に行ったら参加者がその日になって

10名程度キャンセルしていたらしい。

 

その理由について彼は、

 

「来なかった参加者の内、6人がアメリカ人だったんだよ。

 アメリカ人って怠け者で個性が強そうだから

 仕方無いし、別に良いんだけどさ。」        

 

と言っていました。

 

先入観とは恐いもので、その話を聞いた時は 

 

「あぁ、やっぱりアメリカ人って自己中なんだなあ」

 

と思ってしまったものです。

 

やはりそれはテレビやインターネットで見る

ハリウッドスターやセレブの人達の姿だけを見て

アメリカ人って、こうなんだ

と言うイメージが先行しているからではないでしょうか。

 

でもよくよく考えてみると、果たしてそうでしょうか?

  

当日になって予約を断ると言うことは

何も国際交流事業に限った事ではありません。

僕が働いていた店でも

宴会当日になって都合でキャンセルしたり

人数が減ったりすることは当たり前。

 

そのときふと、思い出したことがありました。

それは「銀杏」の事です。

 

給食の時に出ていた銀杏ご飯や

宴会のときに出てくる、妙に臭い茶碗蒸しの銀杏

 

あれだけを食べて「銀杏は不味い!!」

と思って僕は、料理の世界に入って初めて

本当の銀杏の美味しさに目覚めました。

 

白い殻につつまれた銀杏を割って中を見ると

エメラルドグリーンに輝くその物体。

軽く炙って

塩を振り

ひょいっと食べてみる。

  

もっちりとした食感に

程よい甘みと口いっぱいに広がる風味。

 

これが本当の銀杏か!!

 

と驚いたことを覚えています。

 

それじゃあ、僕達が今まで食べていた

あの銀杏は一体何?

と言う話になりますが、

あの銀杏は中国産の冷凍物の銀杏だと言うこと

知ってました?

 

勿論中国産だから不味いのではありません。

中国の銀杏も日本の銀杏も元は同じ。

では何が違うのかと言えば単に処理の方法です。

 

日本では風味を生かすため、殻付きの新鮮な物だけを

扱いますが、中国で輸出向けに扱われる銀杏は

扱いやすさと日持ちが優先され、味は二の次。

 

単にこれだけの理由なのです。

 

こう考えると、銀杏は臭くて不味いと言う先入観も

間違いですし、中国産だから不味いわけでも

有りません。

理由は他に有ったのです。

 

さて、くだんの友人に電話をして

この話を伝え、詳しく聞いてみると

 

その国際交流会、

参加者の5割以上がアメリカ人だったとの事。

 

そう考えれば、参加者の5割以上がアメリカ人で

欠席者の内アメリカ人は3割。

 

じゃあ、むしろ出席率良いじゃないか。

と言う話です。

 

十人十色。

外国人に限らず、初めて出会うものがあると

やはり第一印象と先入観で人を判断してしまいがちです。

 

見た目で判断するのではなく

先入観を外して、じっくりと中身を探ってみる。

 

中身で判断するのが大事だと言うことですね。

 

と言うことで

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